ブルガリア出身の力士といえば、元大関・琴欧洲勝紀と元関脇・碧山亘右の2人が代表的です。ともに母国でレスリングなどの競技経験を積み、日本の大相撲に挑戦。琴欧洲は欧州出身力士として初めて幕内最高優勝を果たし、大関まで昇進しました。一方、碧山も持ち前の体格と力強い相撲で関脇に到達し、長年にわたって幕内を支えました。
では、2026年現在、ブルガリア出身の現役力士はいるのでしょうか。また、引退した2人は現在何をしているのでしょうか。日本相撲協会の公式プロフィールや部屋の情報、引退時の報道をもとに、出身地、来日からの経歴、通算成績、引退理由、鳴戸親方と岩友親方の現在までを整理します。
【2026年最新】ブルガリア出身の力士は現在いる?歴代の代表者一覧

2026年11月現在、日本相撲協会の公式プロフィールや現役番付で確認できる範囲では、ブルガリア出身の現役力士は見当たりません。
ブルガリア出身力士として大相撲で大きな実績を残した代表的な人物は、琴欧洲と碧山です。2人はともに幕内上位まで昇進し、最高位はそれぞれ大関と関脇。外国出身力士の活躍が珍しくなくなった角界でも、同じ国から複数の三役経験者が誕生したことは印象的な実績です。
ブルガリア出身の代表的な力士は2人最初に、2人の基本情報を整理しておきましょう。
- 琴欧洲勝紀(ことおうしゅう・かつのり):1983年2月19日生まれ。ブルガリアのヴェリコ・タルノヴォ出身。佐渡ヶ嶽部屋に所属し、最高位は大関。現在は鳴戸親方。
- 碧山亘右(あおいやま・こうすけ):1986年6月19日生まれ。ブルガリアのヤンボル出身。田子ノ浦部屋から入門し、後に春日野部屋へ移籍。最高位は関脇。現在は岩友親方。
琴欧洲は2002年11月場所に初土俵を踏み、2006年1月場所で大関に昇進しました。碧山は2009年7月場所に初土俵を踏み、2012年9月場所に新三役となっています。
2人に共通するのは、母国で培ったスポーツ経験を日本の相撲に生かしたことです。特に琴欧洲はレスリングで培った身体能力を武器に、短期間で番付を駆け上がりました。
2026年にブルガリア出身の現役力士がいない理由ブルガリア出身力士が現役番付から姿を消した直接的な理由は、琴欧洲が2014年3月場所、碧山が2024年9月場所を最後に現役を引退したためです。
2026年11月場所の鳴戸部屋には欧勝馬、玉欧山、欧勝竜、欧山田、欧勝海、丸勝らの力士が所属しています。ただし、例えば欧勝馬はモンゴル・トブ出身です。四股名に「欧」の文字が入っていても、ブルガリア出身という意味ではありません。
つまり、現在のブルガリア勢の存在を考える際には、親方の出身国と現役力士の出身国を分けて見る必要があります。
【元大関・琴欧洲】大関昇進までの経歴と幕内優勝の記録
ブルガリア出身力士の歴史を語るうえで、最も大きな実績を残したのが琴欧洲勝紀です。
本名はカロヤン・ステファノフ・マハリャノフ。1983年にブルガリアのヴェリコ・タルノヴォで生まれました。身長202センチという恵まれた体格を持ち、現役時代は右四つと寄りを得意とする力士でした。
レスリングから大相撲へ進んだ異色の経歴琴欧洲は少年時代からレスリングに取り組み、2000年にはジュニア欧州大会で優勝するなど、母国で競技経験を積んでいました。
その後、ブルガリア国内で相撲に触れる機会を得て、欧州の相撲大会にも出場。2002年には日本の大相撲に挑戦することを決意し、佐渡ヶ嶽部屋に入門しました。
本人が後年の取材で振り返った経緯によれば、当初は日本への体験入門という気持ちもあったものの、相撲との出会いをきっかけに本格的な入門を決断したといいます。
2002年11月場所で初土俵を踏むと、2004年5月場所に新十両、同年9月場所に新入幕。2005年には三役に昇進し、2006年1月場所には大関の地位を手にしました。
初土俵から大関昇進までわずか19場所というスピード出世でした。長身を生かした懐の深さに加え、レスリング経験による身体操作の巧みさが、相撲への適応を後押ししたと考えられます。
琴欧洲の幕内優勝は2008年5月場所の1回琴欧洲の最大の実績は、2008年5月場所で達成した幕内最高優勝です。
この場所では安定した取り口で白星を重ね、14日目に関脇・安馬を破って13勝1敗とし、千秋楽を待たずに初優勝を決めました。最終成績は14勝1敗です。
この優勝は、欧州出身力士として史上初の幕内最高優勝でした。ブルガリア出身の力士が日本の大相撲で最高峰のタイトルを獲得したことは、相撲の国際化を象徴する出来事として記録されています。
琴欧洲は幕内優勝1回のほか、十両優勝1回、幕下優勝1回、序ノ口優勝1回を記録。三賞では殊勲賞2回、敢闘賞3回を受賞しました。
琴欧洲の通算成績537勝337敗63休日本相撲協会の公式プロフィールに掲載されている琴欧洲の生涯戦歴は、537勝337敗63休(68場所)です。
内訳を見ると、大関在位は47場所で、同期間の成績は378勝264敗63休。幕内では466勝322敗63休を記録しています。
大関という高い地位を長期間維持しながら幕内優勝も経験したことは、琴欧洲の実力を示す重要な数字です。
2014年3月に引退した理由は度重なるけが琴欧洲は2013年11月場所まで大関を務めましたが、その後は成績が振るわず、2014年3月場所に現役を引退しました。
2014年3月20日、春場所12日目に引退届を提出。報道によると、以前から多くのけがに悩まされており、10日目の横綱・白鵬との取組後に引退を決断したとされています。
本人も引退時、身体が思うように動かず、精神面と体力面の両方で限界を感じていたことを明かしました。
単に大関から陥落したことだけが引退の理由ではありません。長年のけがによって、自分が納得できる相撲を続けることが難しくなったことが大きな転機でした。
【元関脇・碧山】現役引退までの成績と琴欧洲との関係
琴欧洲に続くブルガリア出身の有力力士として活躍したのが、碧山亘右です。
本名は古田亘右。ブルガリアのヤンボル出身で、1986年6月19日生まれです。現役時代は身長191センチ、体重181キロの大型力士として知られ、右四つや寄りに加え、強烈な突き押しを武器に戦いました。
2009年に初土俵、2012年には関脇に昇進碧山は2009年7月場所に田子ノ浦部屋から初土俵を踏みました。琴欧洲の活躍を知り、ブルガリアから日本へ渡って大相撲の世界に入った力士です。
2011年7月場所に新十両、同年11月場所に新入幕を果たしました。幕内に上がった直後から存在感を示し、2012年9月場所には新三役に昇進。最高位は関脇です。
師匠だった田子ノ浦親方(元久島海)の死去に伴い、2012年2月に春日野部屋へ移籍。その後は春日野部屋の力士として長く土俵を務めました。
碧山の通算成績と主な受賞歴日本相撲協会の公式プロフィールによると、碧山の生涯戦歴は613勝607敗35休(90場所)です。
幕内では504勝528敗33休を記録。幕内優勝こそありませんでしたが、敢闘賞4回、技能賞1回、金星1個という実績を残しています。
また、幕下優勝1回、序二段優勝1回、序ノ口優勝1回も記録しています。
碧山の特徴は、長年にわたって幕内で戦い続けた安定した存在感です。優勝回数だけでは評価できない、幕内在位71場所という記録も見逃せません。
2024年9月の引退理由は本人が語った「力を出し切った」という区切り碧山は2024年9月場所、東十両13枚目で5勝10敗と負け越しました。この結果、幕下への陥落が確実となり、9月24日に日本相撲協会から引退と年寄「岩友」の襲名が発表されました。
9月26日の引退会見では、約15年間の現役生活を振り返りました。引退を決めたタイミングについては、場所終了後に春日野親方と相談し、自分自身も力を出し切ったと伝えたことを説明しています。
したがって、碧山の引退は単純に年齢やけがだけを理由とするものではありません。秋場所での負け越し、幕下への陥落見込み、本人が感じた現役生活への区切りが重なった決断でした。
引退後は年寄「岩友」を襲名し、春日野部屋で後進の指導にあたる道を選びました。
【比較・関係性一覧】琴欧洲と碧山の経歴・成績・引退後の違い
琴欧洲と碧山は同じブルガリア出身ですが、活躍した時期や最高位、引退後の立場には違いがあります。両者の関係と主な転換点を時系列で整理します。
| 時期 | 人物・出来事 | 主な記録・現在の状況 |
|---|---|---|
| 1983年2月 | 琴欧洲がブルガリアで誕生 | ヴェリコ・タルノヴォ出身 |
| 2002年11月 | 琴欧洲が初土俵 | 佐渡ヶ嶽部屋に所属 |
| 2006年1月 | 琴欧洲が大関昇進 | 初土俵から19場所 |
| 2008年5月 | 琴欧洲が幕内初優勝 | 14勝1敗。欧州出身力士初の幕内優勝 |
| 2009年7月 | 碧山が初土俵 | 田子ノ浦部屋に所属 |
| 2012年9月 | 碧山が新三役 | 最高位は関脇 |
| 2014年3月 | 琴欧洲が現役引退 | 生涯537勝337敗63休 |
| 2015年2月 | 琴欧洲が鳴戸を襲名 | 鳴戸親方として協会に残る |
| 2017年4月 | 鳴戸部屋を創設 | 琴欧洲が部屋の師匠に就任 |
| 2022年3月 | 碧山が日本国籍を取得 | 年寄名跡を襲名する資格を得る |
| 2024年9月 | 碧山が現役引退 | 生涯613勝607敗35休。岩友を襲名 |
| 2026年11月 | 両者の現在 | 鳴戸親方は鳴戸部屋、岩友親方は春日野部屋に所属 |
この年表から分かるのは、琴欧洲が先に大相撲の世界で成功し、その後に続いた碧山が同じブルガリア出身力士として活躍したことです。
また、2人とも引退後に年寄として相撲協会に残りました。現役時代に築いた実績を、今度は指導者という立場から次の世代につないでいる点も共通しています。
【2026年現在】鳴戸親方と岩友親方は何をしている?
ブルガリア出身力士の現在を知るうえで重要なのが、引退した2人の親方としての活動です。琴欧洲は鳴戸部屋の師匠、碧山は春日野部屋所属の岩友親方として、それぞれ後進の育成に携わっています。
鳴戸親方の現在|鳴戸部屋を率いる元大関・琴欧洲琴欧洲は現役引退後、2015年2月に年寄「鳴戸」を襲名しました。その後、2017年4月に佐渡ヶ嶽部屋から独立して鳴戸部屋を創設しています。
日本相撲協会の公式部屋紹介では、師匠の鳴戸勝紀として登録されています。現役時代の四股名である琴欧洲を知るファンにとっても、現在は鳴戸親方という名前で角界を支える存在になっています。
鳴戸部屋の公式サイトでは、明確な目標を持って努力し続けることを重視する指導方針が紹介されています。琴欧洲自身がブルガリア国立スポーツ大学と日本体育大学で学んだ経験を生かし、伝統的な稽古とスポーツ科学の知見を組み合わせながら弟子の育成に取り組んでいます。
2026年11月場所の鳴戸部屋には、欧勝馬をはじめとする力士が所属しています。欧勝馬はモンゴル出身で、2025年には新三役となった実績もあります。鳴戸部屋は、琴欧洲の現役時代の活躍を受け継ぐ場所というだけでなく、新たな関取を育てる場として活動を続けています。
鳴戸親方の現在を理解するうえでは、元大関としての経歴だけでなく、自ら部屋を創設し、師匠として弟子を育てている点に注目する必要があります。
岩友親方の現在|春日野部屋で後進を指導碧山は2024年9月24日に引退し、年寄「岩友」を襲名しました。
日本相撲協会の2026年現在の年寄プロフィールでも、岩友亘右として登録されており、所属部屋は春日野部屋です。
引退会見では、今後は春日野部屋で後進の指導に取り組む意向を示しました。田子ノ浦部屋から春日野部屋へ移籍し、長年所属した部屋で現役生活を終えた碧山にとって、指導者として同じ部屋に残ることは自然な次のステップだったと考えられます。
琴欧洲が部屋の師匠として独立したのに対し、碧山は春日野部屋付きの親方として指導に携わる立場です。同じブルガリア出身でも、引退後の活動形態は異なっています。
外国人力士の日本国籍取得と親方制度琴欧洲と碧山の引退後の進路を理解するうえで欠かせないのが、日本相撲協会の年寄制度です。
日本相撲協会では、年寄名跡を襲名するための条件として日本国籍が求められています。外国出身の力士が現役引退後も親方として協会に残る場合、日本国籍の取得が制度上の重要な条件になります。
琴欧洲は2014年1月に日本国籍を取得し、同年3月の引退後、琴欧洲親方として協会に残りました。その後、2015年に鳴戸を襲名しています。
碧山も2022年3月、官報で日本国籍の取得が告示されました。2024年の引退時には年寄「岩友」を襲名しています。
ここで注意したいのは、日本国籍の取得と出身地は別の情報だという点です。琴欧洲も碧山も、日本国籍を取得した後も日本相撲協会の公式プロフィールではブルガリア出身と記録されています。
また、外国出身力士が全員親方になるわけではありません。現役時代の実績だけでなく、年寄名跡の取得や協会の制度上の条件など、引退後の進路には複数の要素が関係します。
【欧州出身力士の歴代記録】ブルガリア勢が相撲界に残した功績
琴欧洲と碧山の活躍は、ブルガリア国内だけでなく、ヨーロッパ出身力士全体の歴史を振り返る際にも重要です。
琴欧洲は欧州出身力士の歴史を変えた存在琴欧洲は2006年1月場所に大関へ昇進し、2008年5月場所には欧州出身力士として初めて幕内優勝を達成しました。
当時は外国出身力士の活躍が大相撲の大きな話題となっていましたが、琴欧洲の実績は、ヨーロッパにも日本の大相撲で頂点を目指せる選手がいることを示しました。
その後はエストニア出身の把瑠都など、ヨーロッパ出身の大関も登場しています。琴欧洲はそうした欧州勢の活躍を語る際に欠かせない先駆者です。
ブルガリア出身力士が少ない理由をどう見るべきかブルガリア出身力士の数が少ない背景には、日本の大相撲という競技の特殊性があります。
海外から入門するには、日本語や生活習慣への適応に加え、相撲部屋での共同生活、厳しい稽古、番付制度への理解が大切です。単に身体能力が高いだけでは、長期にわたって力士生活を続けることは容易ではありません。
琴欧洲と碧山がともにブルガリアで競技経験を積み、来日後も長期間にわたって活躍できたことは、身体能力だけでなく、異なる文化の中で競技を続ける適応力も備えていたことを示しています。
一方、2人が引退したことでブルガリア出身の現役力士がいなくなったことは、過去の実績が次世代の入門に直結するわけではないという現実も示しています。
ネット上で混同されやすい3つのポイント1つ目は、琴欧洲と碧山の通算成績です。 琴欧洲は537勝337敗63休、碧山は613勝607敗35休です。数字を入れ替えて紹介する情報には注意が必要です。
2つ目は、碧山の幕内優勝回数です。 碧山は幕内優勝を経験していません。幕下優勝などの各段優勝や三賞の実績はありますが、幕内最高優勝1回の琴欧洲とは区別する必要があります。
3つ目は、鳴戸部屋の現役力士の出身国です。 鳴戸親方がブルガリア出身だからといって、所属力士もブルガリア出身とは限りません。欧勝馬のようにモンゴル出身の力士もいます。
こうした情報を見分ける際には、日本相撲協会の力士プロフィールで出身地・最高位・生涯戦歴を確認し、年寄プロフィールで現在の所属部屋を確認する方法が確実です。
【プロの結論】ブルガリア出身力士の歴史から分かること
ブルガリア出身力士の歴史を振り返ると、琴欧洲と碧山は異なる形で大相撲に貢献したことが分かります。
琴欧洲は大関昇進と幕内優勝によって、ヨーロッパ出身力士の可能性を大きく広げました。碧山は関脇まで昇進し、15年近くにわたって幕内を中心に土俵を支えました。
そして2人に共通する大きな転換点が、現役引退後に親方として日本相撲協会に残ったことです。
琴欧洲は鳴戸部屋を創設して師匠となり、碧山は岩友親方として春日野部屋で指導を続けています。現役時代に身につけた技術や異文化で競技を続けた経験を、次の世代へ伝える立場になりました。
ブルガリア出身力士の歴史を評価する際は、幕内優勝や大関・関脇という番付だけで判断するのではなく、長期にわたる現役生活、引退後の指導者としての役割、後進の育成まで含めて見ることが大切です。
【ブルガリア出身の力士】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年現在、ブルガリア出身の現役力士はいますか?
A1:2026年11月現在、日本相撲協会の現役番付・プロフィールで確認できる範囲では、ブルガリア出身の現役力士はいません。代表的な琴欧洲と碧山は、それぞれ2014年と2024年に引退しています。
Q2:ブルガリア出身の歴代力士は誰ですか?
A2:代表的な幕内経験者は元大関・琴欧洲勝紀と元関脇・碧山亘右です。琴欧洲は佐渡ヶ嶽部屋、碧山は田子ノ浦部屋から入門しました。
Q3:琴欧洲の幕内優勝は何回ですか?
A3:1回です。2008年5月場所に14勝1敗で優勝しました。欧州出身力士として史上初の幕内最高優勝でした。
Q4:琴欧洲の通算成績はいくつですか?
A4:日本相撲協会の公式プロフィールによると、537勝337敗63休(68場所)です。大関在位は47場所でした。
Q5:碧山の引退理由は何ですか?
A5:2024年9月場所で5勝10敗と負け越し、幕下への陥落が確実になったことが大きな転機でした。引退会見では、場所後に春日野親方と相談し、自分の力を出し切ったと判断したことを説明しています。
Q6:鳴戸親方は現在何をしていますか?
A6:元大関・琴欧洲として知られる鳴戸親方は、2017年に創設した鳴戸部屋の師匠です。2026年現在も力士の育成や部屋の運営に携わっています。
Q7:岩友親方は誰ですか?
A7:岩友親方は元関脇・碧山亘右です。2024年9月に現役を引退して年寄「岩友」を襲名し、2026年現在は春日野部屋に所属しています。
Q8:琴欧洲と碧山は日本国籍を取得していますか?
A8:はい。琴欧洲は2014年1月、碧山は2022年3月に日本国籍を取得したことが報道されています。年寄名跡を襲名するために日本国籍が必要となる制度上の条件とも関係しています。
ブルガリア出身の力士として大きな実績を残した琴欧洲と碧山は、2026年現在、どちらも現役を引退しています。
琴欧洲は537勝337敗63休という通算成績を残し、大関昇進と2008年5月場所の幕内優勝を達成しました。引退後は鳴戸親方となり、自ら鳴戸部屋を創設して後進の育成に取り組んでいます。
碧山は613勝607敗35休を記録し、最高位は関脇。2024年9月に現役を退き、岩友親方として春日野部屋で指導者の道を歩んでいます。
2026年現在、ブルガリア出身の現役力士は確認できません。しかし、2人が大相撲で残した記録と、親方として相撲界に関わり続ける姿は、ブルガリアと日本の相撲を結ぶ大切な足跡です。
今後の注目点は、鳴戸部屋と春日野部屋で育つ次世代の力士たちです。琴欧洲と碧山が現役時代に築いた経験がどのように受け継がれていくのか。ブルガリア出身力士の歴史は、引退後の指導者としての活動を通じて、これからも相撲界に残っていきます。
主な事実確認資料
日本相撲協会の公式力士プロフィール・年寄プロフィール、鳴戸部屋公式サイト、琴欧洲の引退を報じた日刊スポーツ、碧山の引退会見、両者の日本国籍取得を報じたスポーツ紙を参照しています。