2026年現在、「ムツゴロウさんは亡くなったの?」「死因は何だった?」「北海道のムツゴロウ動物王国は今どうなっている?」と、改めて畑正憲さんの訃報や生涯に関心を寄せる人がいます。
結論からいうと、ムツゴロウさんこと畑正憲さんは、2023年4月5日午後5時53分、心筋梗塞のため87歳で亡くなりました。 北海道中標津町の自宅で体調が急変し、病院に搬送された後に息を引き取っています。訃報は翌6日に報道各社から伝えられました。
一方、畑さんが生涯をかけて築いた動物との暮らしや、家族が引き継ぐムツ牧場、YouTubeチャンネル「ムツゴロウの656」など、その活動の一部は現在も続いています。ここでは死去の経緯、東京大学時代からの経歴、妻・純子さんや娘・明日美さんとの関係、動物王国の現状までを整理します。
【訃報は事実】ムツゴロウさんの死因は心筋梗塞!亡くなった日時と最期の様子
ムツゴロウさんの死去は、事実です。
2023年4月6日、テレビ朝日やTBSなど複数の報道機関が、作家・動物研究家の畑正憲さんが亡くなったと報じました。
死因は心筋梗塞。亡くなったのは2023年4月5日午後5時53分で、享年87歳でした。
畑正憲さんが亡くなった日の経緯報道によると、畑さんは北海道中標津町の自宅で過ごしていたところ、4月5日の夕方に胸の痛みを訴えました。その後、体調が急変して倒れ、病院に搬送されましたが、帰らぬ人となりました。
2017年にも心筋梗塞を発症し、ドクターヘリで釧路市内の病院に搬送された経験があったことをTBS NEWS DIGが関係者の話として伝えています。
その後も入退院を経験しながら活動を続けていました。
今回の訃報は、動物との交流を通じて長年テレビで親しまれてきた人物の突然の死として、大きな反響を呼びました。
最期の様子は?家族に見守られた旅立ち畑さんの最期については、家族側からも報告がありました。
2023年4月6日、ムツゴロウ動物王国のブログを孫の津山風花さんが更新。祖父が自宅で亡くなったことを伝え、家族に見守られて旅立ったと報告しました。
また、亡くなった畑さんの表情は穏やかで、そばには犬や猫たちが寄り添っていたことも紹介されています。
TBS NEWS DIGの報道では、関係者が最後に畑さんと電話で話したのは亡くなる前の週だったと明かしています。
連載原稿の締め切りについて伝えたところ、畑さんは元気な声で応じていたそうです。
亡くなる直前まで執筆やスポーツ観戦を楽しみ、周囲との交流を続けていた様子がうかがえます。
死去直前まで続いていた活動畑さんは高齢になっても執筆やYouTubeなどを通じて発信を続けていました。
亡くなる約10日前まで動画を投稿していたこともスポーツ紙が報じています。
こうした活動の様子から、訃報を突然の出来事として受け止めたファンも少なくありませんでした。
なお、死因は心筋梗塞と報道されていますが、発症に至った詳しい医学的原因や、病状の細かな推移までは公表されていません。
【経歴・プロフィール】畑正憲さんは東京大学出身!作家からプロ雀士までの歩み
ムツゴロウさんは、単なるテレビタレントや動物好きの人物ではありません。
東京大学で動物学を学び、動物記録映画の制作、作家活動、北海道での動物王国設立、テレビ番組への出演、さらにはプロ雀士としても活躍した多才な人物でした。
畑正憲さんの基本プロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 畑正憲(はた・まさのり) |
| 愛称 | ムツゴロウさん |
| 生年月日 | 1935年4月17日 |
| 出身地 | 福岡県福岡市 |
| 死去 | 2023年4月5日 |
| 享年 | 87歳 |
| 最終的な居住地 | 北海道中標津町 |
| 学歴 | 東京大学理学部生物学科卒業 |
| 主な職業 | 作家、エッセイスト、動物研究家、映画監督 |
| 麻雀界での肩書き | 日本プロ麻雀連盟最高顧問 |
| 主な受賞 | 日本エッセイスト・クラブ賞、菊池寛賞、動物学教育賞 |
畑さんは1935年4月17日、福岡県福岡市に生まれました。
1954年に東京大学理学部生物学科へ入学し、動物学を学びます。1958年に卒業した後、1960年には学習研究社(現在の学研ホールディングス)の映画局に入社しました。
ここで携わったのが動物記録映画の制作です。
動物の生態を観察し、映像として記録する仕事は、後年のテレビ活動にもつながっていきました。
1968年に会社を退社すると、本格的に作家活動を開始。同年には著書『われら動物みな兄弟』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞しています。
北海道に動物王国を建設1971年、畑さんは家族とともに北海道の嶮暮帰島へ移住しました。
翌1972年には北海道浜中町に動物王国を築き、動物たちと生活する独自の環境をつくり上げます。
当時としては非常に大胆な生き方であり、一般的な会社員生活とは大きく異なる選択でした。
1977年には第25回菊池寛賞を受賞。動物との共生を題材にした作品や活動が文学・文化の分野でも評価されました。
「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」で全国的な人気に1980年からフジテレビ系列で始まった『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』は、畑さんの知名度を全国的なものにしました。
北海道の動物王国で暮らす犬や猫、馬、クマなどとの日常だけでなく、海外の動物保護施設や野生動物との交流も紹介。
畑さんの独特な語り口や、動物に寄り添う姿が幅広い世代に親しまれました。
フジテレビの追悼特番では、シリーズが20年以上にわたって放送され、視聴率30%を超える大ヒット番組になったことも紹介されています。
畑正憲さんの主な経歴・活動年表| 年代 | 出来事 | 主な実績・関連情報 |
|---|---|---|
| 1935年 | 福岡県福岡市に誕生 | 4月17日生まれ |
| 1954年 | 東京大学に入学 | 理学部生物学科 |
| 1958年 | 東京大学を卒業 | 動物学を学ぶ |
| 1960年 | 学習研究社に入社 | 動物記録映画を制作 |
| 1968年 | 作家活動を本格化 | 日本エッセイスト・クラブ賞 |
| 1971~72年 | 北海道へ移住 | 嶮暮帰島を経て浜中町に動物王国を設立 |
| 1977年 | 菊池寛賞を受賞 | 第25回受賞 |
| 1980年 | テレビ番組がスタート | 『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』 |
| 1986年 | 映画『子猫物語』を監督 | 映画監督としても活躍 |
| 2000年 | ライオンによる事故 | 右手中指の先端を失う |
| 2023年 | 87歳で死去 | 心筋梗塞 |
| 2026年 | 家族による活動の継続 | 動物王国関連ブログやカレンダーなど |
【ムツゴロウ動物王国の現在】北海道の施設はどうなった?ムツ牧場との違い
畑正憲さんの訃報とともに、多くの人が気にしたのが北海道のムツゴロウ動物王国の現在です。
ここで押さえておきたいのは、浜中町の動物王国、東京ムツゴロウ動物王国、現在の中標津町のムツ牧場は、それぞれ異なる施設・活動の歴史を持つという点です。
北海道浜中町に誕生した動物王国畑さんが1972年に建設した動物王国は、北海道浜中町を拠点とする施設でした。
犬やクマ、馬などさまざまな動物と暮らし、人間と動物が共存する生活を実践する場所として知られるようになります。
テレビ番組の舞台にもなり、北海道の大自然と動物たちの姿を全国に届けました。
東京ムツゴロウ動物王国は2007年に閉園2004年には東京都あきる野市に東京ムツゴロウ動物王国が開園しました。
しかし、こちらは経営面などの問題もあり、2007年に閉園しています。
この東京の施設と、北海道で畑さんが長年築いた動物王国を同一の施設として扱うのは正確ではありません。
現在も続く中標津町のムツ牧場畑さんが晩年を過ごした北海道中標津町には、1978年に開設されたムツ牧場があります。
スポニチの2023年4月8日の報道によると、畑さんの死去後も牧場は継続され、実質的に運営を担ってきた娘夫婦が引き継ぐことになりました。
牧場では北海道和種の馬などが飼育され、自然の中で馬と触れ合う活動が行われています。
2026年度のなかしべつ観光協会の体験案内にも、乗馬体験の施設としてムツ牧場が掲載されています。
ただし、同協会の案内ではウェブ上での詳細閲覧ができず、直接問い合わせるよう案内されています。訪問を検討する場合は、事前に営業状況や受け入れ条件を確認する必要があります。
2026年最新情報:家族による発信も継続2026年11月初旬時点では、ムツゴロウ動物王国の家族側ブログでも新しい情報が発信されています。
2026年11月2日付の更新情報では、2027年度版のムツゴロウ動物王国カレンダーの販売開始が案内されています。
また、畑さんの絵画個展や著作の再刊、過去の活動を振り返る企画なども紹介されています。
つまり、畑さん本人は亡くなっていますが、作品や動物との関わりを伝える活動まで終わったわけではありません。
【妻・純子さんと娘・明日美さん】家族が受け継ぐムツゴロウさんの思い
畑正憲さんの人生を語るうえで欠かせないのが、長年連れ添った妻の純子さんと、娘の明日美さんです。
妻の純子さんとは中学生時代からの付き合い妻の純子さんと畑さんは、大分県の日田で過ごした中学校時代に出会いました。
文春オンラインが2023年4月に再掲載した追悼インタビューによると、2人は中学2年生の頃から交際し、23歳のときに結婚しています。
70年以上にわたって関係を築き、畑さんが北海道への移住を決めたときも、その生活をともにしました。
動物王国での暮らしは、動物好きというだけでは乗り越えられない苦労も伴ったはずです。
無人島への移住や動物たちとの生活など、一般的な家庭とは大きく異なる人生を歩んだ2人でした。
畑さんの訃報が伝えられた際、葬儀の喪主を務めたのも妻の純子さんでした。
娘の明日美さんがムツ牧場の活動を継承娘の明日美さんも、畑さんの活動を受け継ぐ重要な存在です。
スポニチの報道では、畑さんの死去後、ムツ牧場は娘夫婦が引き継ぐと伝えられました。
明日美さんは動物たちとの暮らしや、畑さんの思い出を家族側のブログや動画を通じて発信しています。
畑さんが築いたものを単に保存するのではなく、馬や動物たちとの関係を次の世代につなぐ活動が続いています。
「ムツゴロウの656」YouTubeとは?「ムツゴロウの656」は、畑正憲さんの経験や思い出、動物との交流にまつわる話を動画で残すために始まったYouTubeチャンネルです。
開設には娘の明日美さんが関わっています。
明日美さんは、父親の頭の中にある数多くのエピソードを残し、視聴者にも届けたいという思いからチャンネルを企画しました。
チャンネル名の「656」も畑さん自身が考えたものです。
動画では、動物との出会い、海外での体験、北海道での牧場生活、乗馬など、テレビ番組だけでは伝わりきらなかった畑さんの考え方や経験が紹介されています。
2025年6月には第126回として「動物王国からムツ牧場へ 馬と心を通わせて」が公開されました。
このように、テレビで知られたムツゴロウさんの姿だけでなく、家族やスタッフの視点から記録されたエピソードも残されています。
【ライオンに指を失った事故とプロ雀士】知られざる畑正憲さんの素顔
ムツゴロウさんには、動物との交流で起きた衝撃的な事故や、麻雀界での意外な経歴もあります。
ライオンに右手中指をかみ切られた事故2000年5月、畑さんはテレビ番組の海外ロケでブラジルの動物保護施設を訪問しました。
そこでライオンと接していた際、右手の中指をかまれる事故が発生します。
日刊スポーツなどの報道によると、失ったのは右手中指の第1関節から先の部分でした。
相手のライオンはサーカスで虐待を受けた後、保護されていた雄でした。
畑さんは事故後もライオンを責めるのではなく、動物との接し方について自らの不注意を振り返る姿勢を示しました。
この出来事は大きく報道されましたが、畑さんの動物に対する考え方を象徴するエピソードとしても知られています。
実は日本プロ麻雀連盟の最高顧問だった畑さんのもう一つの顔が、麻雀の実力者だったことです。
日本プロ麻雀連盟の公式記録にも、畑正憲さんの名前が残されています。
畑さんは同連盟の最高顧問を務め、十段戦では初代十段位を含めて3度のタイトルを獲得しました。
また、麻雀界初期のリーグ戦形式のタイトル戦である最高位戦の発案者としても知られています。
動物研究家や作家としての知名度が高いため、麻雀界での実績は意外に感じる人もいる可能性があります。
しかし、畑さんにとって麻雀も長年にわたる重要な活動の一つでした。
動物との交流だけにとどまらない、幅広い好奇心と集中力を持った人物だったことが分かります。
【プロの結論】ムツゴロウさんが残した功績は動物番組だけではない
畑正憲さんの功績を振り返るとき、テレビ番組で動物に頬を寄せたり、独特の声で話しかけたりする姿だけに注目するのでは、十分とはいえません。
本質的な功績は、動物を人間の娯楽の対象としてだけ扱わず、それぞれの生き物が持つ個性や行動を観察し、言葉や映像を通して多くの人に伝えたことにあります。
動物を身近な存在として伝えたメディアの功績『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』が人気を集めた理由の一つは、動物の生態を専門的な説明だけで終わらせなかったことです。
畑さん自身が動物と生活し、驚き、喜び、ときには危険な経験もする。その姿を通して、視聴者は動物の存在を身近に感じることができました。
動物を知識として紹介するだけではなく、人間と同じ世界に生きる存在として伝えた点に、番組の大きな特徴がありました。
作家・映画監督・麻雀の実力者という多面性畑さんは動物研究家としてだけでなく、文学作品、映画、絵画、麻雀など多くの分野で活動しました。
『子猫物語』の監督を務めたことや、菊池寛賞などの受賞歴は、活動の幅広さを示しています。
また、プロ雀士としてタイトルを獲得したことも、動物王国のイメージだけでは見えない畑さんの人物像を理解する手がかりになります。
2026年に改めて注目したいのは「継承」という視点畑さんが亡くなったことで、本人が直接動物と触れ合う姿を新たに見ることはできなくなりました。
しかし、ムツ牧場の継続、家族による動画発信、作品やカレンダーなどを通じて、その考え方や活動の記録は残されています。
2026年時点で注目すべきなのは、ムツゴロウ動物王国という名前だけではありません。
動物と人間がどのように関係を築くのかという問いを、次の世代がどのような形で受け継いでいるかです。
畑さんの活動は、一人の著名人の生涯という枠を超えて、動物文化やテレビ番組の歴史を振り返るうえでも意味を持っています。
【ムツゴロウさんの死去】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ムツゴロウさんはいつ亡くなりましたか?
2023年4月5日午後5時53分です。北海道中標津町の病院で亡くなり、享年87歳でした。
Q2:畑正憲さんの死因は何ですか?
報道各社によると、死因は心筋梗塞です。2017年にも心筋梗塞で病院に搬送された経験がありました。
Q3:ムツゴロウ動物王国は現在も営業していますか?
北海道浜中町の動物王国と、中標津町のムツ牧場は別の施設です。現在は娘夫婦が引き継いだムツ牧場の活動が続いており、2026年度の観光案内にも乗馬体験が掲載されています。利用については事前確認が必要です。
Q4:畑正憲さんの妻や娘は誰ですか?
妻は純子さん、娘は明日美さんです。純子さんとは中学生時代からの付き合いで、長年にわたり人生をともにしました。明日美さんはムツ牧場やYouTubeなどを通じて活動を受け継いでいます。
Q5:「ムツゴロウの656」とは何ですか?
畑正憲さんの経験や動物との思い出を動画として残すYouTubeチャンネルです。娘の明日美さんが企画に関わり、畑さん本人も動画に出演していました。
Q6:畑正憲さんはプロ雀士だったのですか?
はい。日本プロ麻雀連盟の最高顧問を務め、十段戦では初代タイトルを含めて3度優勝しています。
ムツゴロウさんこと畑正憲さんは、2023年4月5日に心筋梗塞のため87歳で亡くなりました。
北海道中標津町の自宅で体調が急変し、搬送先の病院で息を引き取っています。家族に見守られた最期だったことも、家族側のブログを通じて伝えられました。
畑さんは東京大学で動物学を学び、作家、動物研究家、映画監督として活躍。北海道に動物王国を築き、『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』を通じて動物との交流を全国に届けました。
加えて、ライオンによる事故やプロ雀士としての実績など、動物番組だけでは語り尽くせない人生を歩んだ人物でもあります。
2026年現在、本人は亡くなっていますが、ムツ牧場や「ムツゴロウの656」、家族による情報発信などを通じて、その足跡は残されています。
ムツゴロウさんの死去をめぐる情報を調べる際は、2023年の訃報と、2026年現在の家族や牧場による活動を区別して理解することが大切です。
動物と人間が心を通わせることの面白さを伝え続けた畑正憲さん。その功績は、これからも作品や記録を通じて語り継がれていくでしょう。
主な事実確認資料: テレビ朝日、TBS NEWS DIG、日刊スポーツ、スポニチ、フジテレビ、中標津町公式サイト、日本プロ麻雀連盟、ムツゴロウ動物王国の家族側ブログなど。