事故が発生したのは、DDTプロレスが大阪府豊中市のローズ文化ホールで開催した大会「豊中ラブストーリー2017」です。
高山選手は第4試合の6人タッグマッチに出場していました。
対戦カードは次のとおりです。
- 高山善廣・樋口和貞・勝俣瞬馬
- HARASHIMA・高尾蒼馬・ヤス・ウラノ
試合は通常どおり進行していましたが、高山選手とヤス・ウラノ選手の攻防中に異変が起こります。
前方回転エビ固めを仕掛けた直後のアクシデントDDT公式サイトが翌日に公開した試合記録によると、高山選手は相手を押さえ込もうと首固めを仕掛けました。
カウント2で返されたため、続けて回転エビ固めを狙います。
しかし、その動作の途中で頭から落ちてしまい、動けなくなりました。
異常を察知した木曽大介レフェリーが試合をストップ。高山選手は試合後、セコンドに抱えられてバックステージへ運ばれ、その後、救急車で病院に搬送されました。
このときの状況について、DDTの公式記録には次の説明があります。
事故の原因は技の失敗だったのか?高山の首固めはカウント2。ならばと回転エビ固めを狙ったが、頭から落ちてしまって動けなくなるアクシデント。 出典:DDTプロレスリング公式サイト「豊中ラブストーリー2017のまとめ」
ここで重要なのが、事故直後の2017年5月6日にDDTが開いた記者会見です。
会見では、映像を確認した高木三四郎社長が、回転エビ固めの動作について説明しています。
映像で確認したところ、そこまで不完全には見えなかったんですけど、踏み込みの部分で頭から落ちたという形になります。 出典:DDTプロレスリング公式サイト・2017年5月6日記者会見
つまり、技を仕掛ける過程で頭部から落下したことは確認されていますが、単純に技が大きく失敗した、あるいは特定の人物の操作ミスだったと断定できる説明ではありません。
事故の直接的な経緯と、医学的な意味での負傷原因は分けて考える必要があります。
また、変形性頚椎症も同時に診断されていますが、それが事故の直接原因だったとする医学的な説明は公表されていません。
確認できる事故の経緯は、前方回転エビ固めを狙った際の頭部からの落下と、その直後の運動不能です。
【頸髄完全損傷の公表】事故直後から診断確定までの経緯

高山選手の負傷は、当初から深刻なものとして扱われていました。
ただし、事故直後の診断と、その後に公表された頸髄完全損傷という診断には違いがあります。
2017年5月5日、DDTは公式サイトで頸髄損傷および変形性頚椎症と発表しました。この段階では、今後の検査によって診断内容が変わる可能性も説明されていました。
その後、専門医による診察と手術を経て、9月4日の会見で頸髄完全損傷という深刻な状態が明らかになります。
事故から診断公表までの時系列| 時期 | 出来事・関係者 | 確認された内容 |
|---|---|---|
| 2017年5月4日 | DDT豊中大会 | 前方回転エビ固めを狙った際に頭から落下。試合中断、救急搬送 |
| 2017年5月5日 | DDT公式発表 | 頸髄損傷・変形性頚椎症と診断 |
| 2017年5月6日 | DDT記者会見 | 意識と会話は保たれていたこと、専門医のいる病院への転院を報告 |
| 2017年5月8日 | 手術 | 頸髄損傷に対する手術を実施 |
| 2017年8月中旬 | 関東の病院へ転院 | 自力呼吸が可能になった状態で転院 |
| 2017年9月4日 | TAKAYAMANIA設立会見 | 頸髄完全損傷と公表。肩から下の感覚が戻っていない状況を説明 |
| 2024年9月3日 | EMPIRE III | 事故後初めて公の舞台に登場し、車椅子でリングイン |
| 2025年4月20日 | TBS報道 | リハビリの方法や身体感覚の変化について本人が説明 |
| 2026年9月7日 | EMPIRE V | 車椅子で1年ぶりにファンの前に登場。還暦祝いを受ける |
頸髄は、脳と身体をつなぐ脊髄のうち、首の部分に位置する神経組織です。
この部分が損傷すると、損傷した高さや程度によって、手足の運動機能や感覚、呼吸などに重大な影響が生じます。
高山選手の場合、2017年9月4日の会見で、医師から頸髄完全損傷と診断され、当時は回復の見込みが現状ないと説明されたことが明らかになりました。
会見に出席したマネジャーの石原真氏によると、事故直後は首から下の感覚がなく、人工呼吸器による呼吸管理が必要な状態でした。
その後、自力で呼吸できるようになり、8月中旬には関東の病院へ転院しています。
ただし、呼吸機能の改善と、手足の運動機能の回復は同じ意味ではありません。自力呼吸が可能になったからといって、身体全体の麻痺が解消したわけではありませんでした。
変形性頚椎症も診断された理由事故直後に発表されたもう一つの診断名が、変形性頚椎症です。
これは、首の骨や椎間板などに変性が生じる状態を指します。
高山選手の場合、頸髄損傷と変形性頚椎症の両方が発表されました。
ただし、両者は同じ病名ではありません。
- 頸髄損傷: 外傷などによって脊髄の神経組織が損傷した状態。
- 変形性頚椎症: 頸椎などに変性が生じている状態。
- 頸髄完全損傷: 2017年9月の会見で公表された、より具体的な重篤な診断。
変形性頚椎症があったから事故が起きた、と単純に結び付けることはできません。公表資料から確認できるのは、両方の診断が下されたという事実です。
【高山善廣の現在】リハビリ状況は?2025年から2026年の変化
事故から9年が経過した2026年11月現在も、高山選手はリハビリを続けています。
長期にわたる療養生活のなかで、身体の感覚に変化が現れたことも本人の発信や報道によって明らかになっています。
特に重要なのは、2025年4月にTBS NEWS DIGが伝えた本人のインタビューです。
2025年4月:本人が語ったリハビリの内容2025年4月20日、TBS NEWS DIGは高山選手が自身のYouTubeチャンネルで近況を語った内容を報道しました。
本人によると、当時は週1回、頸髄損傷者を対象とした専門的なリハビリ施設に通っていました。
そこで、身体を支えてもらいながら立つ練習や座る練習を行っていたといいます。
注目されたのは、足の感覚についての変化です。
高山選手は、リハビリを続けるなかで、以前とは違う感覚が生まれてきたと説明しました。
足が(地に)ついた感覚が出てきたんで、それが、もうちょっと上まで伸びてくれると良いな。 出典:TBS NEWS DIG・2025年4月20日
また、事故直後は首から下が存在しないような感覚だったものの、当時は身体の各部位がそこにあると認識できるようになったとも話しています。
2025年3月には、本人の公式ブログでもジムでの様子が紹介されました。写真を撮影している間、自分一人で座っていられるようになったという報告もありました。
こうした変化は、長期的なリハビリのなかで本人が感じている進歩を示しています。
一方、本人はリングへの復帰について、まだ遠い目標であるとも語っています。
2026年9月:足裏や臀部にも感覚の変化2026年9月7日のTAKAYAMANIA EMPIRE Vを報じたデイリースポーツによると、高山選手は現在も首から下の麻痺が続くなか、リハビリに取り組んでいます。
同報道では、最近、足の裏や臀部にピリピリとした感覚を覚えるようになったことも伝えられました。
これはリハビリの経過を知るうえで注目すべき情報です。
ただし、感覚が生じることと、自分の意思で身体を動かせることは別の問題です。
2026年9月の報道でも、首から下の麻痺が続いていることが説明されています。歩行できる状態になったという発表はありません。
高山善廣が目指していること2025年のTBSの取材では、高山選手は自分の足で立ち、歩けるようになることを目標に挙げました。
加えて、プロレスへの思いも失っていないと語っています。
かつてのようにリングに上がり、パイルドライバーに向かう姿を思い描いている一方で、実際のリング復帰はまだ高く遠い目標だと率直に話していました。
この発言から読み取れるのは、単に以前の身体機能を取り戻すことだけでなく、プロレスラーとしての自分を取り戻したいという思いです。
リハビリの進展を、リング復帰が確定したという意味に置き換えないことも大切です。
【TAKAYAMANIAと鈴木みのる】事故後に広がったプロレス界の支援活動
高山選手の事故後、プロレス界では本人を支援するための活動が始まりました。
その中心となったのが、TAKAYAMANIA(タカヤマニア)です。
2017年9月4日、高山選手の現状を説明する記者会見と同時に、支援活動の立ち上げが発表されました。
会見には、DDT社長の高木三四郎氏、マネジャーの石原真氏、そして高山選手の盟友である鈴木みのる選手が出席しました。
TAKAYAMANIAとは?TAKAYAMANIAは、高山選手と家族を支援するために設立された活動です。
主な取り組みは次のとおりです。
- プロレス大会会場での募金活動
- 支援グッズの販売
- チャリティー興行の開催
- ファンや関係者からの寄付の受け付け
- 高山選手の活動や過去の試合映像などの発信
集まった支援金は、公式ブログの説明によると、高山選手の治療費などに充てられています。
また、プロレス団体の枠を越えて選手や関係者が協力している点も、この活動の特徴です。
鈴木みのるとの関係は?高山選手を語るうえで欠かせない人物が、鈴木みのる選手です。
2人は長年にわたりプロレス界で共闘や対戦を重ねてきた盟友であり、鈴木選手は2017年の支援活動立ち上げにも参加しました。
2017年9月の記者会見では、高山選手の深刻な状況を受け、鈴木選手が涙ながらに支援を呼びかけました。
その後も、鈴木選手はTAKAYAMANIAの活動を支え続けています。
2人の関係が再び大きく注目されたのは、2024年9月3日のTAKAYAMANIA EMPIRE IIIでした。
事故後初めて公の舞台に登場した高山選手は、車椅子に乗ったままリングイン。鈴木選手と向き合い、将来的な一騎打ちを思わせるやり取りを交わしました。
2025年の第4回大会でも高山選手はリングに登場し、ABEMA中継で解説を担当しています。
鈴木選手との交流は、単なる支援者と被支援者という関係を超え、プロレスラー同士の長年の絆を感じさせるものになっています。
2026年9月の支援大会で集まった寄付金2026年9月7日、後楽園ホールで開催された「TAKAYAMANIA EMPIRE V」では、鈴木みのる選手とエル・デスペラード選手が組み、丸藤正道選手とHARASHIMA選手のタッグと対戦しました。
大会には小橋建太氏、高木三四郎氏、里村明衣子氏、山崎一夫氏らもゲストとして参加しました。
大会終了後、高山選手の公式ブログでは、当日の募金額が公表されています。
2026年9月7日・TAKAYAMANIA EMPIRE V 会場募金額1,711,566円
大会運営に必要な諸経費を除き、募金と大会収益は高山選手の治療に充てると公式ブログで説明されました。
出典:高山善廣オフィシャルブログ・TAKAYAMANIAスタッフ報告
長年続いてきた支援活動が、2026年にも具体的な形で続いていることを示す数字です。
【2026年最新】TAKAYAMANIA EMPIRE Vで見せた高山善廣の姿
2026年9月7日の大会は、高山選手の近況を知るうえで大きな節目となりました。
この大会は、支援イベントの第5弾にあたるもので、後楽園ホールで開催されました。
高山選手は車椅子に乗って会場に登場。鈴木みのる選手らが参加したメインイベントを見守り、試合後にはリングにも上がりました。
9月6日には本人が体調不良と救急搬送を報告実は、大会前日の9月6日、高山選手本人が公式ブログで体調について報告していました。
内容によると、8月半ばごろから体調を崩し、救急搬送されたといいます。
本人は一命を取り留めたことを伝えつつ、家族への思いと、イベントを前にした心境を記していました。
この投稿では、救急搬送の具体的な原因や病名までは明かされていません。
その翌日、予定されていたTAKAYAMANIA EMPIRE Vに姿を見せたことは、本人にとっても支援者にとっても大きな出来事でした。
鈴木みのるがサプライズで還暦祝い大会のメインイベントでは、鈴木みのる選手とエル・デスペラード選手が、丸藤正道選手とHARASHIMA選手のタッグと対戦しました。
20分を超える熱戦の末、鈴木選手が勝利。
試合後、鈴木選手は高山選手をリングに呼び込みました。
そこで用意されていたのが、赤いちゃんちゃんこです。
高山選手は1966年9月19日生まれ。大会当日の9月7日は59歳で、12日後に60歳の誕生日を迎えるタイミングでした。
鈴木選手は、還暦を迎える盟友のためにサプライズで衣装を用意していたのです。
ところが、高山選手の反応は、感動的な雰囲気だけでは終わりませんでした。
赤いちゃんちゃんこを着せられると、
似合ってる?似合わねえよ(笑)。 出典:デイリースポーツ・2026年9月7日報道
と、いつもの高山選手らしい憎まれ口を披露しました。
加えて、全日本プロレス時代の恩師ジャイアント馬場さんが1998年1月に還暦を祝われたことを振り返り、自分も同じ年齢になったことへの驚きを語っています。
鈴木選手が毎年イベントを続けると言ってくれていることにも触れ、リハビリを頑張ると話しました。
2026年11月現在、高山善廣はどうしている?2026年11月3日時点で確認できる直近の大きな公の姿は、9月7日のTAKAYAMANIA EMPIRE Vでの登場です。
現在の状況を整理すると、次のようになります。
- 年齢は2026年9月19日に60歳となった。
- 首から下の麻痺は続いている。
- 継続してリハビリに取り組んでいる。
- 足裏や臀部などに感覚の変化が報じられている。
- 2026年9月7日には車椅子でリングに登場した。
- 鈴木みのる選手やTAKAYAMANIAの関係者による支援が続いている。
特に注意したいのは、リングに登場したことと、プロレスの試合に復帰したことは違うという点です。
2026年9月の登場は、車椅子でのリングインであり、現役時代のような試合への復帰が実現したわけではありません。
一方で、本人が公の場で言葉を発し、鈴木選手と冗談を交わし、ファンに感謝を伝えられることは、現在の高山選手を知るうえで大切な出来事です。
【プロの結論】高山善廣の事故から読み取るべき3つのポイント
高山選手の事故を振り返る際、押さえておきたい点は3つあります。
1つ目は、事故の直接的な経緯と医学的な原因を混同しないことです。
前方回転エビ固めを狙った際に頭から落下したことは、DDTの公式記録で確認できます。一方、変形性頚椎症が事故を引き起こしたという医学的な因果関係までは公表されていません。
2つ目は、頸髄完全損傷という診断の深刻さを正しく理解することです。
高山選手は事故直後から意識があり、当初は人工呼吸器による呼吸管理も必要でした。その後、自力呼吸が可能になったものの、首から下の麻痺は長期にわたって続いています。
身体の感覚に変化が出たという報告を、歩行や競技復帰が確定したという情報に置き換えるべきではありません。
3つ目は、TAKAYAMANIAが継続的な支援の場になっていることです。
2017年の設立以来、鈴木みのる選手をはじめとする関係者やファンが支援を続けています。2026年9月の大会では、会場募金だけで171万円を超える金額が集まりました。
この活動は、単発のチャリティーイベントではなく、高山選手の治療と生活を支える継続的な取り組みとして位置付けられています。
【高山善廣の事故】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:高山善廣の事故はいつ、どこで起きた?
2017年5月4日、大阪府豊中市のローズ文化ホールで開催されたDDTプロレス「豊中ラブストーリー2017」です。6人タッグマッチ中に前方回転エビ固めを狙った際、頭から落下して動けなくなりました。
Q2:高山善廣の事故の原因は何だった?
試合中、回転エビ固めを仕掛けようとした際に頭から落下したことが直接的な経緯です。事故直後には頸髄損傷と変形性頚椎症が発表されましたが、変形性頚椎症が事故の直接原因だったという医学的説明は公表されていません。
Q3:高山善廣は頸髄完全損傷なの?
はい。2017年9月4日の記者会見で、頸髄完全損傷と診断されたことが公表されました。当時は肩から下の感覚がなく、医師から回復の見込みは現状ないと説明されていました。
Q4:高山善廣は2026年現在、歩けるようになった?
2026年9月の報道時点では、首から下の麻痺が続いており、車椅子を使用しています。足裏や臀部に感覚の変化が報告されていますが、自力歩行ができるようになったという発表はありません。
Q5:TAKAYAMANIA EMPIRE Vはいつ開催された?
2026年9月7日、東京・後楽園ホールで開催されました。高山選手は車椅子で登場し、盟友の鈴木みのる選手から還暦祝いの赤いちゃんちゃんこを贈られました。
Q6:高山善廣を支援している鈴木みのるとはどのような関係?
長年にわたりプロレス界で共闘・対戦を重ねてきた盟友です。2017年のTAKAYAMANIA設立時から支援に関わり、2024年以降の支援大会でも高山選手と交流を続けています。
Q7:高山善廣はプロレスに復帰する予定?
本人は自分の足で立って歩くことや、再びリングに立つことを目標にしています。ただし、2026年11月現在、正式な試合復帰の日程は発表されていません。
高山善廣選手の事故は、2017年5月4日のDDT豊中大会で発生しました。
前方回転エビ固めを狙った際に頭から落下し、頸髄を損傷。その後、変形性頚椎症も診断され、2017年9月には頸髄完全損傷という厳しい状況が公表されました。
長期にわたるリハビリのなかで、2025年には足の感覚の変化を本人が語り、2026年9月にはTAKAYAMANIA EMPIRE Vで車椅子に乗ってファンの前に登場しました。
大会前には体調不良による救急搬送も経験していたことを本人が明かしています。それでも、鈴木みのる選手との交流や、ファンからの応援に応える姿は、多くの人の心に残りました。
2026年11月現在も、競技復帰が実現したわけではありません。しかし、高山選手のリハビリと、それを支えるTAKAYAMANIAの活動は続いています。
2026年9月の還暦祝いで見せた「似合わねえよ」という言葉には、かつてプロレス界の帝王としてリングに立っていた高山選手らしさがありました。
鈴木みのる選手が約束した未来の対決も含め、今後のリハビリの歩みと支援活動に引き続き注目が集まります。