「消臭力~」という印象的な歌声とともに、2011年のテレビCMで日本中の注目を集めたポルトガル出身の少年、ミゲル・ゲレイロ。あの愛らしい少年は、現在どのような生活を送っているのだろうか。
2026年11月4日現在、ミゲルは27歳。2025年3月に日本テレビ系の番組にVTR出演した際には、ポルトガルで暮らしながら音楽の仕事を続け、父親と一緒に川魚の養殖にも携わっている近況が紹介された。加えて、日本語の歌を制作するために作詞・作曲を勉強していることも明かしている。
2011年の「唄う男の子」篇から、西川貴教との「夢の共演」篇、島谷ひとみを加えたT.M.H.R.まで、ミゲルが歩んだ日本での活動は、単なるCM出演にとどまらない。2025年に語られた日本語楽曲の計画と2026年の追加情報も含め、本人の経歴と現在を振り返る。
【2026年現在】消臭力のミゲルは今何してる?ポルトガルでの生活と仕事
ミゲル・ゲレイロは、2011年のCM出演から14年以上が経過した現在も、音楽と関わり続けている。
2025年3月3日付のスポニチアネックスは、前日に放送された日本テレビの「超速!変身カウントダウン」にミゲルがVTR出演したことを報じた。この番組で紹介された近況が、現在のミゲルを知るうえで重要な情報となっている。
ポルトガルで音楽活動と川魚の養殖を両立報道によると、ミゲルは母国ポルトガルに在住し、音楽の仕事を続けながら、父親と一緒に川魚の養殖をしている。
かつて日本のテレビで見せていた歌手としての顔だけでなく、家族とともに養殖にも携わる生活を送っている点は興味深い。
ただし、養殖については、どの魚種を扱っているのか、事業規模はどれほどなのか、本人が経営者なのかといった詳しい情報までは公表されていない。
また、養殖業に転身して音楽を辞めたという話でもない。2025年の報道では、音楽の仕事と養殖を並行していると紹介されている。
2025年に明かした日本語の歌への挑戦2025年3月のテレビ出演で特に注目されたのが、日本語の楽曲に関する発言だった。
ミゲルは、日本語で歌を発表したいという意向を示し、自分で日本の歌を作れるように作詞と作曲を勉強していることを明かした。
これは、2011年に日本の楽曲を歌って人気を獲得した少年が、今度は自ら日本語の音楽を生み出そうとしていることを意味する。
かつてのミゲルは、既存の日本の名曲やCMソングを歌うことで日本のファンに親しまれた。これからは作り手として日本の音楽に関わりたいという方向性が見えてくる。
なお、2025年夏ごろの発表を目指すという話はあったものの、2026年11月4日までに、その計画に該当する日本語楽曲の正式発売を裏付ける情報は確認できていない。発表の意向と実際のリリースは分けて考える必要がある。
ミゲルの年齢は27歳!プロフィールを整理ユニバーサルミュージックの公式プロフィールによると、ミゲルの本名はミゲル・ゲレイロ(Miguel Guerreiro)。1998年11月21日生まれで、ポルトガルのセトゥーバル県出身だ。
2026年11月4日現在は27歳で、同年11月21日に28歳の誕生日を迎える。
レコード会社の公式プロフィールには、2011年のCM出演や日本デビュー、T.M.H.R.の活動などが記録されている。ただし、プロフィールに記載された年齢は2013年当時の情報であり、現在の年齢とは異なる。
【2011年】なぜミゲルが消臭力のCMに出演した?起用の背景を解説
ミゲルが日本で知られるようになったきっかけは、エステーの消臭芳香剤「消臭力」のテレビCMだった。
最初の出演は2011年4月22日から全国放送された「唄う男の子」篇。海外の街並みを背景に、少年が伸びやかな歌声を響かせるという、当時としても印象的な映像だった。
東日本大震災後に制作された特別なCMこのCMの背景には、2011年3月11日に発生した東日本大震災がある。
エステーが2011年4月21日に公表した公式プレスリリースによると、このCMは震災後に制作された同社初のCMだった。
同社が掲げたのは、被災した人々へのお見舞いと応援の気持ち。震災によって傷ついた人々が日常生活に戻りたいと願う中、海外の街並みを背景に、出演者が普段から親しまれているCMソングを歌う構成にした。
撮影の背景となったのはポルトガルのリスボン。1755年に大地震と津波で大きな被害を受けた歴史を持つ街だった。
エステーは、この歴史的背景をCM内で説明することなく、映像を見た人が何かを感じ取れるように制作したという。
大げさな応援メッセージを掲げるのではなく、いつもの商品CMとしての楽しさを保ちながら、歌声と風景で希望を表現した。この制作意図が、ミゲルの歌声と映像の印象を強く結びつけた。
ミゲルは偶然選ばれた素人の少年ではなかったミゲルがなぜ起用されたのかを理解するには、CM出演前の経歴も知っておきたい。
ユニバーサルミュージックの公式プロフィールによると、ミゲルはポルトガルのテレビ番組の歌唱コンテストで優勝した経験を持ち、母国ではすでにソロ名義のCDを2枚リリースしていた。
つまり、日本のCMに出演した時点で、すでに歌手としての実績を持つ少年だった。
そのため、CMで披露した歌唱力は、単に子どもらしいかわいらしさを演出したものではない。音楽経験に裏打ちされた歌声が、広告の印象を決定づけたのである。
なお、エステーの当時の公式資料には、ミゲル個人を選考した具体的な審査過程までは記されていない。確認できるのは、震災後のCMの制作意図と、彼が出演者の一人として起用された事実だ。
「唄う男の子」篇はミゲルだけのCMではなかった実は、2011年の「唄う男の子」篇にはミゲル以外の少年も出演していた。
エステーの公式発表に記載された出演者は、ミゲル、フランシスコ・マガルハス、トーマス・ラブラドールの3人。それぞれのバージョンが制作されていた。
また、同時期には「唄うおじいさん」篇や「自動でシュパッと消臭プラグ」の「唄う女の子」篇も制作され、関連CMは合計11タイプに及んだ。
その中でミゲルの歌声が特に強い印象を残し、後の大きなコラボレーションにつながっていく。
【夢の共演】ミゲルと西川貴教のCMはなぜ実現した?
2011年の「唄う男の子」篇で注目されたミゲルは、同年7月、T.M.Revolutionの西川貴教との共演を果たす。
「夢の共演」篇として知られるこのCMは、広告会社が最初から計画していた通常のキャスティングとは少し違う経緯で誕生した。
きっかけは西川貴教の何気ないツイートエステーの2011年7月22日付公式プレスリリースには、共演が実現するまでの経緯が詳しく記されている。
発端は、西川貴教がミゲルの歌う「消臭力」のCMソングを練習しているとSNS上で発信したことだった。
その投稿に気づいた西川のファンがエステーの宣伝担当者に情報を伝え、宣伝担当者が西川に連絡。そこからCM出演の話が具体化した。
公式発表では、宣伝担当者が西川に連絡してから返信を受けるまで、わずか1時間足らずだったと紹介されている。
テレビCMの企画が、アーティスト本人の発信とファンの働きかけを通じて実現したという、当時のSNS時代を象徴するエピソードだ。
2011年7月16日のライブでサプライズ共演撮影は2011年7月16日、西川貴教のライブで実施された。会場は千葉県松戸市だった。
CMのストーリーでは、ライブのアンコールを待つ観客に向けて西川が特別なゲストを紹介する。そこへミゲルが登場し、おなじみの「消臭力」の歌を披露する。
最初はアカペラで歌い、そこからロック調の演奏が加わり、西川とミゲルが一緒に歌い上げる展開だ。
撮影をライブ本番中に行ったことも、このCMならではの特徴だった。観客の驚きや歓声も演出の重要な要素になっている。
CMは2011年7月25日から全国で放送された。15秒、30秒、60秒のバージョンなど、合計4タイプが制作された。
CM好感度ランキングでも大きな反響エステーの同年11月の公式発表によると、「唄う男の子」篇は2011年5月度のCM総合好感度ランキングで2位を獲得。「夢の共演」篇は同年8月度に1位となった。
加えて、動画投稿サイトには1200を超えるパロディ作品が投稿されたと発表されている。
ミゲルという名前が広く知られるようになったのは、単にテレビCMの放送回数が多かったからではない。西川貴教との意外性のある組み合わせが話題を生み、視聴者が自らCMを共有したことも大きかった。
当初は放送予定がなかったリハーサル映像も、反響を受けてアカペラバージョンとして2011年11月13日から放送された。
【まとめ】消臭力ミゲルの出演歴とT.M.H.R.の活動年表
ミゲルの日本での活動は、2011年のCM出演だけで終わっていない。CDデビュー、テレビCMでの再共演、音楽ユニットの結成など、複数の展開があった。
主な出来事を時系列で整理すると、次のようになる。
| 時期 | 出来事・作品 | 関係者・内容 |
|---|---|---|
| 1998年11月21日 | 誕生 | ポルトガル・セトゥーバル県出身 |
| 2011年4月22日 | 「唄う男の子」篇 | エステーの消臭力CMに出演 |
| 2011年7月25日 | 「夢の共演」篇 | 西川貴教と共演 |
| 2011年11月13日 | アカペラバージョン | 西川貴教との共演CMの追加版 |
| 2011年11月30日 | 日本デビュー | 『しあわせソングスはじめまして、ミゲルです』発売 |
| 2012年4月 | 「歌う チカラ」篇 | 西川貴教、島谷ひとみと共演 |
| 2012年7月 | 「チカラにかえて」 | T.M.H.R.名義で楽曲を配信 |
| 2012年11月12日 | 「香りの力を信じよう」篇 | T.M.H.R.の3人が再共演 |
| 2025年3月2日 | 日本のテレビ番組にVTR出演 | ポルトガルでの生活と音楽活動を紹介 |
| 2026年11月4日 | 現在 | 27歳。日本語楽曲の発売については続報未確認 |
この年表から分かるのは、ミゲルがCM出演を足掛かりに、音楽活動の幅を日本にも広げていったことだ。
【T.M.H.R.とは?】ミゲル・西川貴教・島谷ひとみの3人が生んだ話題
ミゲルの日本での活動を語るうえで欠かせないのが、T.M.H.R.というユニットだ。
メンバーはT.M.Revolutionの西川貴教、歌手の島谷ひとみ、そしてミゲル・ゲレイロの3人。ユニット名は、Takanori.Miguel.Hitomi.Revolutionの頭文字を組み合わせたものだ。
2012年「チカラにかえて」で3人が共演2012年4月16日から放送された消臭力の「歌う チカラ」篇では、ミゲル、西川貴教、島谷ひとみが共演。東日本大震災からの復興に向けた思いを込めた新しいCMソング「チカラにかえて」を歌い上げた。
エステーの公式発表によれば、このCMは福島県いわき市での西川のライブを舞台に撮影され、3人が同じステージに立つ構成となっていた。
その後、2012年7月には「チカラにかえて」がT.M.H.R.名義で先行配信され、同年9月にはCDも発売された。
CMから生まれた企画が、実際の音楽作品として展開した点は、ミゲルの日本でのキャリアを象徴する出来事だ。
ポルトガル・リスボンで撮影されたCM2012年7月には、ミゲルの母国ポルトガルで撮影された「チカラにかえて in リスボン」篇も放送された。
この企画には、日本で歌声を届けてくれたミゲルと、その故郷であるポルトガルへの感謝を伝える意味が込められていた。
さらに同年11月12日からは「香りの力を信じよう」篇が全国放送され、西川、島谷、ミゲルの3人がコミカルな歌とダンスを披露した。
エステーの公式資料には、ロックスターの西川と歌手の島谷が、制作スタッフの用意した振り付けのイメージ映像を見て、独特のダンスに取り組んだ撮影エピソードも残されている。
ミゲルの日本語歌唱はCM以前から本格的だったミゲルはCMソングだけを歌っていたわけではない。
2011年11月30日には、アルバム『しあわせソングスはじめまして、ミゲルです』で日本デビューを果たした。
収録曲には「消臭力のうた」のほか、「翼をください」「学園天国」「銀河鉄道999」「キセキ」など、日本の幅広い世代に知られる楽曲が並ぶ。
特に「翼をください」は、映画『51 世界で一番小さく生まれたパンダ』の主題歌にも起用された。
ユニバーサルミュージックの作品紹介によると、このアルバムは東日本大震災後の日本に元気を届けることをコンセプトとして制作された。日本語で歌うことに挑戦した背景にも、日本のファンと一緒に歌いたいという思いがあった。
また、2015年にはポルトガルのセトゥーバルでアルバム『Até ao Fim』を発表。日本でのツアー経験を重ねながら、ポップロックを中心とする楽曲制作にも取り組んでいたことが、セトゥーバル市の公式ニュースで紹介されている。
2021年にはシングル「Volto ao Passado」も発表。ポルトガルの音楽メディアによるインタビューでは、歌手としての活動だけでなく、作曲や音楽制作への意欲も語っていた。
【誤解を整理】消臭力ミゲルのその後について知っておきたい事実
ミゲルの現在について調べると、CM出演後に芸能界を引退したのではないか、日本での活動を完全に辞めたのではないか、といった疑問が浮かぶ。
ここでは、報道や公式資料から分かることを整理する。
ミゲルは歌手を引退したのか?引退したと判断できる情報はない。
2025年3月の日本テレビ出演に関する報道では、ポルトガルで音楽の仕事を続けていると紹介されている。過去にもアルバムやシングルを発表しており、音楽活動を継続していることが分かる。
日本でのテレビ露出が少なくなったことと、歌手活動を辞めたことは別の話だ。
川魚の養殖が本業になったのか?2025年の報道では、父親と一緒に川魚の養殖をしていると紹介された。
ただし、同じ報道では音楽の仕事も続けていると説明されている。養殖一本に転身したという解釈は正確ではない。
音楽と養殖という異なる分野に関わる生活は、少年時代から歌手として活動してきたミゲルの現在を知るうえで興味深いポイントだ。
2025年に予定していた日本語の歌は発売されたのか?2025年3月時点では、日本語で歌を発表する意向と、作詞・作曲の勉強をしていることが本人の発言として報じられた。
しかし、2026年11月4日までに確認できる報道やレーベル関連の公開情報では、その計画に該当する楽曲の発売日や作品名を確定できる続報は見当たらない。
したがって、日本語の歌を出す計画は本人が語った事実だが、すでに発売されたと扱うことはできない。
T.M.H.R.は現在も活動するグループなのか?T.M.H.R.は、西川貴教、ミゲル、島谷ひとみの3人が消臭力のCMと楽曲のために組んだユニットだ。
2012年には「チカラにかえて」の配信とCD発売が実現したが、長期的に活動する常設バンドとして結成されたと説明する公式資料は確認できない。
現在のミゲルの活動と、2012年当時のT.M.H.R.としての活動は区別して理解する必要がある。
消臭力ミゲルに関するよくある質問(FAQ)
Q1:消臭力のCMに出演していたミゲルは2026年現在何歳?
A1:1998年11月21日生まれのため、2026年11月4日現在は27歳。同年11月21日に28歳になります。
Q2:ミゲル・ゲレイロは現在どこに住んでいる?
A2:2025年3月のテレビ出演に関する報道では、母国ポルトガルに在住していると紹介されています。
Q3:ミゲルは現在も歌手活動をしている?
A3:はい。2025年の報道では音楽の仕事を続けていると紹介されています。日本語の楽曲制作にも意欲を示していました。
Q4:ミゲルが父親と行っている仕事は何?
A4:川魚の養殖です。2025年の日本テレビ出演時に紹介された近況で、音楽の仕事と並行して携わっていると報じられました。
Q5:ミゲルと西川貴教が共演したCMのタイトルは?
A5:2011年7月25日から放送された「夢の共演」篇です。西川のSNS投稿とファンの働きかけをきっかけに実現したCMでした。
Q6:T.M.H.R.のメンバーは誰?
A6:西川貴教、ミゲル・ゲレイロ、島谷ひとみの3人です。2012年にCMソング「チカラにかえて」を発表しました。
Q7:ミゲルは2025年に日本語の新曲を発売した?
A7:2025年3月には、夏ごろに日本語で歌を発表したいという意向を語っています。ただし、2026年11月現在、その計画に該当する正式な発売情報は確認できていません。
Q8:消臭力のCMに出演したのはミゲルだけ?
A8:いいえ。2011年の「唄う男の子」篇にはフランシスコ・マガルハス、トーマス・ラブラドールも出演しています。また、関連CMには歌うおじいさんや歌う女の子も登場しました。
2011年、「消臭力~」という歌声で日本中の注目を集めたミゲル・ゲレイロ。あの少年は、2026年現在27歳となり、母国ポルトガルを生活の拠点としている。
2011年の「唄う男の子」篇から、西川貴教との「夢の共演」篇、島谷ひとみを加えたT.M.H.R.まで、日本での活動はCMの枠を超えて広がった。日本語のアルバムを発売し、映画主題歌を担当するなど、歌手としての実績も残している。
2025年には、音楽の仕事を続けながら父親と川魚の養殖にも携わっていることが明らかになった。加えて、日本語の歌を自分で作るために作詞・作曲を勉強しているという発言もあった。
2026年11月時点では、日本語楽曲の発売や新たな日本での活動について確定的な続報は確認できない。それでも、音楽を続けながら新しい表現に挑戦したいという本人の意欲は、2025年の発言から読み取れる。
【プロの結論】ミゲルの歩みを振り返る際に大切なのは、2011年のCMで有名になった少年というイメージだけで現在を判断しないことだ。CM出演は彼のキャリアの入口であり、その後も日本とポルトガルを舞台に音楽活動を続けてきた。
また、父親との川魚養殖という意外な近況も、音楽活動を辞めた証拠ではない。異なる仕事を並行しながら、自分の生活と音楽を両立させている姿として理解するのが自然だ。
2025年に語った日本語楽曲の計画が今後どのような形で実現するのか。かつて日本の人々に歌声を届けたミゲルが、今度は自分自身の言葉とメロディーで再び日本のファンとつながる日を期待したい。