ホーム 芸能人プロフィール・現在 櫻井翔の父親は誰?桜井俊の学歴・官僚経歴から2026年の現在まで徹底解説

櫻井翔の父親は誰?桜井俊の学歴・官僚経歴から2026年の現在まで徹底解説

藤堂 弦 藤堂 弦 • 更新: • 公開: • 読了約 19 分
目次

嵐のメンバーとして国民的人気を獲得し、報道番組のキャスターとしても活躍してきた櫻井翔。その父親が、元総務事務次官の桜井俊(さくらい・しゅん)氏であることは広く知られています。東京大学法学部を卒業後、旧郵政省に入省し、総務省の事務方トップを務めた人物です。さらに退官後は電通グループの代表取締役副社長執行役員に就任するなど、官界と民間企業の双方で要職を歴任しました。

一方、2026年には元官僚芸人が「櫻井翔さんのお父さんが私の上司だった」とテレビ・動画番組で語り、当時の職場での様子や親子にまつわるエピソードが改めて注目されました。現在の活動、東京都知事選への出馬要請を断った経緯、息子との関係まで、公開情報と報道をもとに整理します。

【父親は誰?】櫻井翔の父親・桜井俊氏のプロフィール

櫻井翔お父さん

櫻井翔の父親は、元総務事務次官の桜井俊氏です。

芸能人の親という立場だけで知られているわけではありません。日本の情報通信行政を長年担当し、総務省の幹部として通信政策や行政改革などに携わってきた経歴があります。

桜井俊氏の基本プロフィール
項目 内容
氏名 桜井俊(さくらい・しゅん)
生年月日 1953年12月14日
出身地 群馬県
出身高校 群馬県立前橋高等学校
最終学歴 東京大学法学部
旧所属 旧郵政省・総務省
主な役職 総務審議官、総務事務次官
民間企業での経歴 電通グループ代表取締役副社長執行役員
息子 櫻井翔

桜井俊氏と櫻井翔は、名字の漢字が異なります。父親は「桜井」、息子は「櫻井」という表記です。

この違いは、検索時に混同しやすいポイントでもあります。

文春オンラインの2017年のインタビュー記事では、桜井氏について1953年に群馬県で生まれ、前橋高校、東京大学法学部を卒業したと紹介されています。

また、電通グループの役員関連資料にも生年月日や旧郵政省への入省時期が記載されています。

父親の職業は何だった?

桜井俊氏の職業を一言で表すなら、情報通信行政を専門とする元官僚であり、退官後は大手企業の経営幹部も務めた人物です。

総務事務次官は、総務省における事務方の最高位に当たる役職です。

政治家である総務大臣とは異なり、行政組織の運営や政策実務を担う立場です。

桜井氏は、通信事業の競争促進や情報通信政策などを担当してきました。

その後、電通グループでも経営幹部を務めており、行政と民間企業の両方で経験を積んだ経歴が特徴です。

【学歴と経歴】前橋高校から東京大学法学部、旧郵政省へ

桜井俊氏の経歴を理解するうえで重要なのが、大学卒業後から一貫して情報通信行政に携わってきたことです。

群馬県立前橋高校から東京大学法学部へ

桜井氏は群馬県出身で、地元の群馬県立前橋高等学校を卒業しています。

その後、東京大学法学部に進学し、1977年に卒業しました。

東京大学法学部は、行政官僚や法曹関係者、政治家などを数多く輩出してきた学部です。

桜井氏も大学卒業後、同年4月に旧郵政省へ入省しました。

1977年に旧郵政省へ入省

当時の郵政省は、郵便、郵便貯金、簡易保険、電気通信などを所管する行政機関でした。

桜井氏は入省後、とりわけ情報通信分野でキャリアを積み重ねます。

2001年の中央省庁再編によって総務省が発足すると、同省の情報通信行政を担う幹部として昇進を続けました。

2008年には総合通信基盤局長、2012年には情報通信国際戦略局長に就任しています。

2013年には総務審議官(郵政・通信担当)となり、2015年7月には総務事務次官への就任が決まりました。

桜井俊氏の経歴を時系列で整理
年月 出来事・役職 主な内容
1953年12月 群馬県に誕生 桜井俊氏
1977年3月 東京大学法学部卒業 前橋高校から進学
1977年4月 旧郵政省入省 情報通信行政のキャリアを開始
2001年 総務省発足 情報通信政策部門で勤務
2008年7月 総合通信基盤局長 通信基盤行政を担当
2012年9月 情報通信国際戦略局長 国際的な情報通信政策を担当
2013年6月 総務審議官 郵政・通信担当
2015年7月 総務事務次官 総務省の事務方トップ
2016年 総務省退官 官僚生活に区切り
2018年1月 電通執行役員 民間企業へ転身
2020年3月 電通グループ代表取締役副社長執行役員 経営幹部に就任
2022年3月 電通グループ退任 代表取締役などを退任
2022年6月 マルチメディア振興センター理事長 情報通信分野の団体を率いる
2026年6月 同理事長を退任 後任は吉田真貴子氏

この経歴は、月刊テレコミュニケーションの2016年3月号に掲載された本人インタビュー、電通グループの役員資料、各団体の公表情報などから確認できます。

情報通信政策の専門家としての実績

桜井氏のキャリアで注目したいのは、単に官僚組織の上位職に就いたことではありません。

長年にわたって情報通信政策に携わってきた点です。

2016年のインタビューでは、マイナンバー制度、携帯電話料金、地方創生、IoT、ビッグデータ、サイバーセキュリティなど、総務行政が関わる幅広いテーマについて説明しています。

また、通信インフラの整備や地域経済の活性化についても発言していました。

2017年の文春オンラインのインタビューでは、官僚に必要な能力として、さまざまな関係者の意見を調整する力を挙げています。

政策を実現するためには、異なる立場の人々をまとめる必要があるという考え方です。

この発言からも、桜井氏が情報通信分野だけでなく、行政組織の調整や政策形成に長く携わってきたことが分かります。

【電通グループ副社長】官僚退官後の転身と2026年の現在

桜井俊氏の経歴で大きな転換点となったのが、総務省退官後の民間企業への転身です。

官僚として長年勤務した人物が、広告・マーケティング業界を代表する企業の経営幹部に就任したことは、大きな注目を集めました。

2018年に電通へ、2020年には副社長に就任

桜井氏は2016年に総務省を退官した後、三井住友信託銀行の顧問を務めました。

その後、2018年1月に電通の執行役員に就任します。

2019年3月には電通の取締役執行役員となり、2020年1月には電通グループの取締役副社長執行役員に就任しました。

同年3月には代表取締役副社長執行役員となっています。

総務省で培った行政運営や組織管理の経験を、民間企業の経営に生かす立場へと移ったわけです。

ただし、電通グループ副社長という肩書は過去のものです。

電通グループの株主総会関連資料によれば、桜井氏は2021年12月31日付で副社長執行役員を退任し、2022年3月には代表取締役も退任しています。

2022年からマルチメディア振興センター理事長に

電通グループ退任後、桜井氏は情報通信分野との関わりを続けました。

2022年6月17日、一般財団法人マルチメディア振興センター(FMMC)の理事長に就任しています。

同センターは、情報通信分野の調査研究や、ICTの普及・啓発などに取り組む団体です。

桜井氏が長年携わってきた情報通信政策との関連性が深く、官僚時代の専門性を生かせるポジションでした。

2026年11月現在の役職は?

2026年最新情報

2026年の現在については、過去のプロフィール記事と最新の公式情報を区別する必要があります。

マルチメディア振興センターの2026年6月付の理事長就任あいさつでは、後任の吉田真貴子氏が「前任の桜井理事長」の職責を引き継いだと説明しています。

加えて、同センターが公開している2026年7月14日現在の役員一覧でも、理事長は吉田氏となっており、桜井氏の名前は掲載されていません。

つまり、2026年11月3日時点では、次のように整理できます。

- 総務事務次官:退任済み
- 電通グループ代表取締役副社長:2022年までに退任
- マルチメディア振興センター理事長:2026年に退任
- 現在の公的な役職:公開されている上記団体の最新役員資料からは確認できない

少なくとも、現在も電通グループの副社長やマルチメディア振興センターの理事長を務めているという情報は正確ではありません。

【東京都知事選】桜井俊氏に出馬要請があった理由と辞退の真相

桜井俊氏の名前が全国的に大きく報じられた出来事の一つが、2016年の東京都知事選です。

当時、舛添要一氏の辞職に伴い、東京都知事選の候補者選びが進められていました。

その際、自民党東京都連が桜井氏に出馬を要請したのです。

なぜ桜井氏が候補者として注目されたのか

桜井氏には、主に2つの強みがありました。

1つ目は、総務省の事務方トップを務めた行政経験です。

地方自治や行政運営、情報通信政策に精通していたため、行政手腕を期待する声がありました。

2つ目は、嵐の櫻井翔の父親という知名度です。

当時の東京新聞は、自民党内の世論調査で桜井氏の支持がトップだったことや、行政経験と話題性の両方が評価されていたことを報じています。

2016年6月29日には、自民党東京都連が桜井氏に正式に立候補を要請しました。

桜井氏が出馬を断った理由

しかし、桜井氏は出馬要請を受け入れませんでした。

2016年7月1日付の東京新聞の記事では、本人が単独インタビューに応じ、出馬を固辞したことを明らかにしています。

その理由については、家族の問題など複合的な要因を挙げていました。

加えて、再度要請されても立候補しない考えを示しています。

このとき、櫻井翔という有名人の父親であることが候補者としての話題性につながっていた点についても、桜井氏自身が言及していました。

重要なのは、桜井俊氏は東京都知事選に立候補したのではなく、出馬要請を受けて辞退したということです。

候補者として名前が挙がったことと、実際に選挙に出たことは別の話です。

【2026年の元部下証言】櫻井翔の父親は職場でどんな人物だった?

2026年1月、桜井俊氏について新たなエピソードが報じられました。

発言したのは、元官僚芸人として活動する「まつもと」です。

彼は総務省などで勤務した経歴を持ち、2026年1月9日に配信された「鬼越トマホーク喧嘩チャンネル」に出演しました。

元官僚芸人まつもとが明かした上司との関係

スポニチアネックスの2026年1月9日付の記事によると、まつもとは官僚時代について語る中で、櫻井翔の父親が自身の上司だったと明かしました。

本人によれば、直接の部下というより、組織内ではかなり下の立場だったとのことです。

当時の桜井氏について、次のようなエピソードを紹介しています。

- 周囲から息子について尋ねられることがあり、職場ではあまり自分から息子の話をしなかった。
- カラオケでは嵐の楽曲を歌っていたという。
- 他省庁の幹部から息子のサインを頼まれ、後からサインを渡していたという。

特に興味深いのは、普段の職場では息子の芸能活動について積極的に話す様子がなかった一方、カラオケでは嵐の歌を歌っていたというエピソードです。

2026年の証言から見える桜井俊氏の人物像

この話から読み取れるのは、少なくとも元部下の記憶に残る桜井氏が、仕事上の立場と父親としての一面を使い分けていたということです。

官僚組織では、上司と部下の関係が明確であり、職場での発言や行動にも一定の節度が大切です。

そのような環境で、息子の知名度を自ら積極的に利用するのではなく、周囲から話題にされた際に対応していたという証言は興味深いものです。

ただし、これは元部下による個人的な回想です。

桜井氏の全職員に対する評価や、組織全体での人望を証明する公式調査ではありません。

また、カラオケで嵐の歌を歌ったというエピソードも、親子関係のすべてを説明するものではありません。

それでも、普段は表に出にくい官僚時代の人物像を知る手掛かりにはなります。

【親子関係の真相】櫻井翔と父親は仲が良い?家族との距離感

櫻井翔と桜井俊氏の親子関係についても、関心を持つ人は少なくありません。

父親が総務事務次官という高い地位に就き、息子が芸能界で成功したという、異なる世界で活躍する親子だからです。

ただし、親子の日常生活や家庭内での会話など、詳しいプライベート情報は広く公表されていません。

父親は息子の芸能活動をどう受け止めていた?

2015年6月の週刊女性PRIMEの記事では、元嵐側近スタッフへのインタビューが掲載されています。

その中で櫻井翔の両親について質問された元スタッフは、両親は息子の芸能活動にあまり干渉していなかったと説明しました。

また、学生時代については、留年しないでほしいという趣旨の話があったと紹介しています。

これは両親本人への直接インタビューではなく、当時の関係者による証言です。

そのため、家庭内での教育方針をすべて明らかにするものではありません。

しかし、芸能活動を全面的に否定したり、仕事を辞めさせたりしたという内容ではなく、息子の活動を一定の距離から見守っていたという人物像が伝えられています。

親子関係が注目される理由

櫻井翔は、アイドルとしての活動に加えて、報道番組のキャスターとしても長く活躍してきました。

一方、父親は情報通信行政の専門家として総務省の幹部を務めています。

親子がそれぞれ異なる分野で社会的な責任を担ってきたことが、関心を集める背景にあります。

また、2016年の東京都知事選で父親の名前が候補者として挙がった際には、息子の知名度が話題性の一つとして取り上げられました。

一方、桜井氏自身は息子の名前による話題性だけで評価されることには距離を置く姿勢を見せています。

親子の仲が悪いという情報はある?

親子の不仲や絶縁を裏付ける公的発表や信頼性の高い報道は確認できません。

反対に、2026年の元部下証言では、桜井氏が嵐の楽曲を歌ったというエピソードも紹介されています。

ただし、こうした話だけで親子が非常に親密であると断定することもできません。

現時点で分かるのは、父親と息子がそれぞれの専門分野で独立したキャリアを築いてきたこと、そして家族の詳しい日常については公表を控えているという点です。

【よくある質問】櫻井翔のお父さんに関するFAQ

Q1:櫻井翔のお父さんは誰ですか?

A1:櫻井翔の父親は、元総務事務次官の桜井俊氏です。東京大学法学部を卒業後、1977年に旧郵政省へ入省し、2015年に総務事務次官に就任しました。

Q2:櫻井翔の父親の職業は何ですか?

A2:元官僚です。総務省退官後は三井住友信託銀行の顧問や電通グループの代表取締役副社長執行役員などを歴任しました。

Q3:桜井俊氏の出身大学はどこですか?

A3:東京大学法学部です。群馬県立前橋高等学校を卒業後、東京大学へ進学しました。

Q4:桜井俊氏は現在も電通グループの副社長ですか?

A4:いいえ。2021年末に副社長執行役員を退任し、2022年3月には代表取締役も退任しています。

Q5:桜井俊氏は東京都知事選に出馬したことがありますか?

A5:ありません。2016年に自民党東京都連から出馬要請を受けましたが、本人が辞退しました。

Q6:2026年に話題になった元部下の証言とは何ですか?

A6:元官僚芸人まつもとが2026年1月の動画配信で、桜井氏の部下だったと明かしたことです。カラオケで嵐の歌を歌っていたことや、息子のサインを求められた際のエピソードなどを紹介しました。

Q7:桜井俊氏は2026年現在、何をしていますか?

A7:2022年から務めていたマルチメディア振興センター理事長を2026年に退任しています。11月現在、公開されている同センターの役員資料では後任の吉田真貴子氏が理事長となっており、桜井氏の現在の具体的な役職は確認できません。

櫻井翔の父親である桜井俊氏は、単に有名芸能人の父親というだけではなく、日本の情報通信行政を長年支えてきた元官僚です。

東京大学法学部を卒業し、1977年に旧郵政省へ入省。その後、総務省の総務審議官を経て2015年に総務事務次官に就任しました。

退官後は電通グループの代表取締役副社長執行役員を務め、さらにマルチメディア振興センター理事長として情報通信分野との関わりを続けてきました。

2026年には元部下による証言が報じられ、職場での様子や嵐の楽曲を歌っていたという意外な一面も明らかになりました。

今回の経歴を振り返ると、桜井氏の特徴は、行政と民間という異なる組織で、長年にわたって情報通信分野に携わってきたことにあります。

また、櫻井翔との親子関係については、関係者の証言から一定のエピソードは伝わっているものの、家庭内の詳しい事情は公表されていません。

父親は行政・経営の専門家、息子は芸能・報道の第一線で活躍する表現者。 それぞれが独立したキャリアを築いてきたことこそ、この親子を理解するうえで押さえておきたいポイントです。

2026年以降も、桜井俊氏の新たな公的活動や情報通信分野での発言があれば、その動向に注目が集まりそうです。

同じカテゴリの記事

藤堂 弦
SEOスペシャリスト 藤堂 弦
プロフィールを見る →

配給会社の公式プレスシートと舞台公式ページのみを一次情報とし、公開日・上映館は発表元の表記をそのまま掲載。未確認の続報は本文で明示します。

おすすめの関連記事