2026年11月現在、昭和を代表する国民的デュオ「ピンク・レディー」は、デビュー50周年という大きな節目を迎えた。1976年8月25日に「ペッパー警部」でデビューした未唯mie(ミイ)と増田惠子(ケイ)は、現在もそれぞれ歌手として第一線で活動を続けている。未唯mieは68歳、増田惠子は69歳。2人ともソロ活動を中心にしながら、ピンク・レディーの名曲を歌い継いでいる。
2026年には8月25日の50周年記念トリビュートコンサート、NHK BSの特別番組「The Covers ピンク・レディー 50周年スペシャル」など、記念企画が相次いだ。一方、ファンが期待する2人そろっての本格的な記念コンサートは発表されていない。不仲説は本当なのか、2010年の「解散やめ!」宣言は何を意味していたのか。そして再結成の可能性はあるのか。2人の最新活動と50年間の歩みから、その現在地を整理する。
【2026年最新】ピンク・レディーの現在は?未唯mieと増田惠子は何をしている?
ピンク・レディーの現在を理解するうえで大切なのは、グループとしての活動と、メンバー個人の活動を分けて考えることだ。
現在の2人は、かつてのように常時ユニットとして活動しているわけではない。それぞれがソロ歌手としてコンサートやテレビ出演、新曲の発表などに取り組みながら、ピンク・レディーの楽曲や歴史を大切にしている。
2026年はデビュー50周年とあって、2人の活動が改めて注目を集めた。特に大きな話題になったのが、8月25日に東京・LINE CUBE SHIBUYAで開催された「ピンク・レディー デビュー50周年 トリビュートプロジェクト Legend, Now and Forever」だ。
この公演には森高千里、渡瀬マキ、百田夏菜子、鈴木愛理、一青窈、城田優、田村芽実、H ZETTRIOなど、世代やジャンルを超えたアーティストが参加。「ペッパー警部」「UFO」「サウスポー」「渚のシンドバッド」などの名曲を、それぞれの解釈で披露した。
ビクターエンタテインメントの公式発表によると、会場はチケット完売。50年前からのファンだけでなく、若い世代の観客も集まったという。ピンク・レディーの楽曲が、当時を知らない世代にも届いていることを示す記念公演となった。
また、11曲を収録したトリビュートアルバム「ピンク・レディー伝説 Now and Forever -50th Anniversary Tribute Album-」も発売された。単なる懐古企画ではなく、次の世代へ楽曲を受け渡すプロジェクトとして展開された点が特徴だ。
ただし、このトリビュート公演は未唯mieと増田惠子による通常の再結成コンサートではない。50周年の盛り上がりと、オリジナルメンバー2人の共演状況は区別して見る必要がある。
【未唯mieの現在】68歳でデビュー50周年・ソロ45周年を迎えた活動
未唯mieは1958年3月9日生まれ、静岡県出身。2026年11月現在68歳だ。ピンク・レディー時代のミーとして知られるが、1981年の解散後は歌手、女優として活動の幅を広げてきた。
2026年9月19日に記念コンサートを開催2026年の未唯mieにとって最大の節目となったのが、9月19日に東京国際フォーラム ホールCで開催された「未唯mie DEBUT 50th & SOLO 45th Anniversary Celebration」だ。
ピンク・レディーとしてのデビュー50周年と、ソロデビュー45周年を同時に記念した公演で、約1500人の観客を前に全22曲を披露したことが日刊スポーツなどで報じられた。
ステージは新曲「Anti Limit」からスタート。その後、ソロ時代の楽曲を経て、ピンク・レディーの「サウスポー」「モンスター」「渚のシンドバッド」「ペッパー警部」「UFO」などへと展開した。
特に注目されたのは、往年の振り付けを取り入れたパフォーマンスだ。ピンク・レディー時代の代表曲を、現在の歌声と表現力で再構成したステージは、50年間のキャリアを振り返る内容となった。
公演の模様は、2026年11月21日午後6時からTBSチャンネル1でテレビ初独占放送される予定だ。2026年11月3日時点では、これから視聴できる最新の記念公演映像として注目されている。
ソロ活動では舞台・ライブ・音楽表現を追求未唯mieの魅力は、ピンク・レディー時代のヒット曲だけにとどまらない。
ソロデビュー曲「ブラームスはロックがお好き」をはじめ、舞台、ミュージカル、テレビ、ライブなど幅広い分野で活動してきた。2008年には絵本「モコちゃん」を出版。2012年にはエッセイ「美の意識~いつでもピンク・レディーでいられる私の習慣」を発表している。
また、2021年には日本舞踊の花柳流で名取となった。音楽以外の芸術分野にも取り組んでいることは、長年の活動を支える特徴の一つだ。
本人は2024年のTOKYO FMのインタビューで、音楽家との出会いを通じて音楽の深さを知り、自分のボーカルスタイルをさらに追求するようになったと語っている。ピンク・レディー時代のダンスと歌唱を再現するだけでなく、ソロ歌手として自分の表現を磨き続けている。
2026年の50周年記念公演も、その姿勢が表れたステージだった。68歳になった現在も、歌とダンスの両方を大切にするアーティストとして活動している。
【増田惠子の現在】69歳でソロ45周年!新曲とコンサート活動
増田惠子は1957年9月2日生まれ、静岡県出身。2026年11月現在69歳だ。ピンク・レディーではケイとして活躍し、1981年の解散後は歌手・女優としてソロ活動を続けている。
2026年8月に新曲「貴方は彼方へ」をリリース2026年の増田惠子を語るうえで外せないのが、新曲「貴方は彼方へ」だ。
ピンク・レディーのデビュー50周年とソロデビュー45周年を記念して、8月5日に配信、8月19日にCDシングルとして発売された。
この作品は、増田惠子が書いた「ある手紙」をもとに、シンガーソングライターの竹原ピストルが歌詞とメロディーを手がけたもの。大切なパートナーを失った人の喪失感に寄り添う楽曲として制作された。
増田自身も公式発表で、この作品を長く歌い続けていきたいという思いを明かしている。単なる周年記念の新曲ではなく、人生経験を重ねた歌手としての現在の心境が込められた作品だ。
CDには新曲のほか、2026年2月6日に有楽町I'M A SHOWで開催されたソロ45周年記念コンサートから「AVEC LE FEU」「最後の恋」「It's too late」のライブ音源も収録されている。
12月のディナーショーと2027年の公演も決定増田惠子は2026年もテレビやライブに出演している。NHKの音楽番組や日本テレビの「上田と女が吠える夜」など、幅広いメディアで活動を続けてきた。
今後の予定として、公式サイトでは2026年12月14日にウェスティン都ホテル京都で「増田惠子 CHRISTMAS DINNER SHOW 2026」を開催すると発表している。
加えて、2027年2月9日・10日には東京・I'M A SHOWで「I Love Singing スペシャル!~ソロ、カバー、そしてピンク・レディー~Vol.2」の開催も決定している。
ソロ曲やカバーに加え、ピンク・レディーの楽曲も取り上げる構成だ。2026年の50周年を一度きりの記念行事に終わらせず、次のステージにつなげる活動が続いている。
増田惠子の結婚相手と夫との別れ増田惠子は2002年6月、44歳のときに音響会社の経営者だった桑木知二さんと結婚した。長年連れ添った夫との生活については、テレビ番組「徹子の部屋」などでも語っている。
しかし、桑木さんは2024年8月21日、膵臓がんのため70歳で亡くなった。所属事務所と増田本人が同年10月7日に公表している。
2026年1月23日放送の「徹子の部屋」では、夫との思い出や闘病中の生活、亡くなった後の心境について語った。夫の存在が、食生活や日々の暮らしにも大きな影響を与えていたことが紹介された。
2026年の新曲「貴方は彼方へ」にも、大切な人を失った経験を重ね合わせて聴くことのできるテーマがある。増田惠子の現在の歌唱活動には、長い人生で経験した喜びや悲しみが新たな表現として反映されている。
【50年間の歴史を整理】1976年のデビューから1981年の解散、2010年の宣言まで
ピンク・レディーの現在を正しく理解するには、1976年からの活動と、解散後の再結成の歴史を押さえておきたい。
2人は静岡県出身の中学・高校時代の同級生。日本テレビ系のオーディション番組「スター誕生!」への出場をきっかけにデビューへの道をつかんだ。
作詞家の阿久悠、作曲家の都倉俊一、振付師の土居甫らとともに作り上げた楽曲とパフォーマンスが大ヒット。歌唱力だけでなく、激しい振り付けと衣装、独特のステージ演出によって、当時のアイドル像を大きく変えた。
ピンク・レディーの主な経歴・転換点| 時期 | 出来事・実績 | 意味・関連人物 |
|---|---|---|
| 1976年8月25日 | 「ペッパー警部」でデビュー | 未唯mieと増田惠子による女性デュオ誕生 |
| 1977~1979年 | 「UFO」「SOS」「渚のシンドバッド」「サウスポー」などが大ヒット | 阿久悠、都倉俊一、土居甫らが作品と振り付けを支える |
| 1979~1980年 | アメリカ進出。「Kiss In The Dark」が全米チャート37位 | NBCのテレビ番組にも出演 |
| 1980年9月1日 | 解散を発表 | 海外活動後の環境変化や将来の方向性が背景に |
| 1981年3月31日 | 後楽園球場で解散コンサート | 活動期間は4年7カ月 |
| 2003~2005年 | メモリアルコンサートツアー | 100カ所200公演、総動員数約40万人 |
| 2010年9月1日 | 「解散やめ!」を宣言 | 2人の意思で無期限の活動継続を表明 |
| 2011年 | 全国22カ所でコンサートツアー | ピンク・レディーとして再始動 |
| 2026年8月25日 | デビュー50周年記念トリビュート公演 | 後輩アーティストが名曲を歌い継ぐ |
| 2026年10月4日・11日 | NHK BS「The Covers」50周年スペシャル | 2人のインタビューと貴重な映像を放送 |
ビクターエンタテインメントの公式プロフィールによると、ピンク・レディーは「S・O・S」から「カメレオン・アーミー」まで9曲連続でヒットチャート1位を獲得。「ペッパー警部」から「カメレオン・アーミー」まで10曲連続ミリオンセラーという記録も残した。
代表曲の「UFO」は1978年の日本レコード大賞を受賞。振り付けを含めて誰もが知る国民的ヒット曲となり、「ペッパー警部」「ウォンテッド(指名手配)」「サウスポー」なども現在まで歌い継がれている。
なぜ1981年に解散したのか?解散の背景には、単純なメンバー間の対立だけでは説明できない複数の事情があった。
1979年から1980年にかけて、ピンク・レディーはアメリカ市場への進出に力を入れた。「Kiss In The Dark」はビルボードの総合チャートで最高37位を記録し、NBCの番組にも出演するなど、海外での実績を残した。
一方、日本国内でのテレビ出演が減少したことで、帰国後にはマスコミによる批判的な報道も目立つようになった。
未唯mieは2024年のTOKYO FMのインタビューで、アメリカから帰国した際、空港で解散や2人の関係について質問されたことを振り返っている。当時はむしろこれからという気持ちだったという。
また、増田惠子も2024年の日刊スポーツのインタビューで、ピンク・レディー時代の仕事量について、通常でも睡眠時間が3時間程度だったことを明かしている。毎日複数のテレビ番組やラジオ、コンサートをこなす生活は、心身に大きな負担を与えていた。
増田は加えて、当時の事務所が大きくなりすぎたピンク・レディーを、どのように大人のアーティストへ転換させるか迷っていたことにも触れている。自身の将来についても考える時期だった。
未唯mieには、もともとソロ歌手や役者になりたいという思いがあった。1981年の解散後には「ブラームスはロックがお好き」でソロデビューし、俳優としての活動も広げていった。
こうした本人たちの進路、アメリカ進出による環境変化、過密なスケジュール、当時の芸能界の状況が重なり、1981年3月31日の解散に至ったのである。
【不仲説の真相】未唯mieと増田惠子は本当に仲が悪いのか?
ピンク・レディーを検索すると、現在でも「不仲」「絶縁」「顔も見たくない」といった言葉が見つかる。2人が長期間一緒に活動していないことや、記念イベントへの出演形態が異なることが、こうした話題を再燃させている。
実際、解散後に2人が常に連絡を取り合い、同じ仕事を続けてきたわけではない。芸能報道では、互いに距離を置いていた時期や、関係が疎遠になったことが取り上げられている。
ただし、関係が疎遠だったことと、決定的な対立があったことは同じではない。
不仲説と確認できる事実を比較| 話題・報道 | 確認できる事実 | 判断のポイント |
|---|---|---|
| 解散時の不仲説 | 1980年に解散を発表し、1981年に解散コンサートを実施 | 解散理由を不仲だけに限定できない |
| 解散後の関係 | ソロ活動を中心とし、常時一緒に活動していたわけではない | 距離があったことと絶縁は別問題 |
| 2010年の関係 | 2人で「解散やめ!」を発表 | 再びユニットとして活動する意思を示した |
| 2026年の50周年 | それぞれの記念公演やNHKの特番に出演 | 個別活動が中心で、2人名義の本格的な記念ライブは未発表 |
| 今後の共演 | 共演を完全否定する公式発表は確認できない | 実現時期や具体的な予定は未発表 |
不仲説を考えるうえで重要なのが、2010年9月1日の出来事だ。
この日は1980年の解散発表からちょうど30年。2人は都内で会見を開き、「解散やめ!」を宣言した。
当時の報道によると、増田惠子は、恩師である作詞家の阿久悠や振付師の土居甫が亡くなったことを振り返り、隣に未唯mieがいることが当然ではないと気づいたことが活動継続を考えるきっかけになったと語っている。
また、未唯mieは後年のインタビューで、2人でパフォーマンスをするかどうかにかかわらず、ピンク・レディーという存在は永遠のものだと考えるようになったと説明している。
つまり、2010年の宣言は、常に2人でステージに立ち続けるという意味だけではない。ピンク・レディーという名前や音楽を、自分たちの人生から切り離さずに大切にしていく意思表示でもあった。
2011年には全国22カ所のコンサートツアーも実施しており、単なる形式的な宣言ではなかったことが分かる。
不仲説については、解散後に距離が生じたことや、仕事上の方向性の違いを示す報道はある。しかし、現在も完全な絶縁状態にあると断定できる材料はなく、2010年以降の活動や50周年のインタビューを含めて考える必要がある。
【2026年の共演状況】NHK50周年特番と再結成の可能性
2026年の50周年で、ファンが最も期待していたことの一つが、未唯mieと増田惠子による2人そろってのステージだった。
しかし、2026年11月3日時点では、50周年を記念したオリジナルメンバー2人の本格的な単独コンサートや全国ツアーは発表されていない。
8月25日の記念コンサートでは増田惠子が客席に登場8月25日のLINE CUBE SHIBUYAでのトリビュートコンサートでは、増田惠子と作曲家の都倉俊一が客席のバルコニー席に登場した。
日刊スポーツなどの報道によると、増田は観客や出演アーティストに感謝を伝え、アンコールでは出演者全員による「UFO」のパフォーマンスが披露された。
ただし、この公演の中心は後輩アーティストによるトリビュートであり、未唯mieと増田惠子が2人で歌い踊る再結成ステージではなかった。
NHK「The Covers」ピンク・レディー50周年スペシャル50周年企画としてもう一つ重要なのが、NHK BSとNHK BSプレミアム4Kで放送された「The Covers ピンク・レディー 50周年スペシャル」だ。
放送日は次のとおり。
- 第1夜:2026年10月4日(日)午後10時50分~11時19分
- 第2夜:2026年10月11日(日)午後10時50分~11時19分
番組では、8月25日のトリビュートコンサートの映像に加え、NHKの貴重なアーカイブ映像、未唯mieと増田惠子それぞれのスペシャルインタビューが紹介された。
出演者にはMCのリリー・フランキー、上白石萌歌、語りの堂本光一も名を連ねた。
トリビュート映像では「ペッパー警部」「UFO」「カルメン'77」「Kiss In The Dark」「OH!」などが取り上げられ、世代の異なるアーティストによる新たな表現が紹介された。
ここで注目したいのは、番組に2人のインタビューが収録されたことだ。テレビ番組でそれぞれが別々に活動する姿が目立つ一方、50周年という節目に2人の思いが同じ番組で取り上げられたことには意味がある。
なお、50周年関連のテレビ出演では、未唯mieは「うたコン」、増田惠子は「NHK夏の音楽祭 うたであえたら」など、それぞれ別の番組で歌唱出演したことも報じられている。こうした出演形態の違いが、再び不仲説への関心を集める要因になった。
再結成の可能性はある?再結成の可能性について、現時点で具体的な公演日や新しいツアーの発表はない。
しかし、2010年の「解散やめ!」宣言と、その後の2011年のツアーを考えると、ピンク・レディーとしての活動を永久に閉じたわけではないことが分かる。
加えて、増田惠子は2026年のソロ記念ライブでもピンク・レディーの楽曲を取り上げている。2027年2月の公演タイトルにも「ソロ、カバー、そしてピンク・レディー」と明記されている。
未唯mieも2026年9月の記念公演で、ソロ曲とピンク・レディーのヒット曲を組み合わせたステージを披露した。
こうした状況を踏まえると、2人がピンク・レディーの音楽を大切にしていることは明らかだ。一方、再結成の実現には本人たちの意向だけでなく、スケジュールや公演内容、体力面、制作体制なども関係する。
したがって、50周年を迎えたから必ず再結成するという見方も、共演しないから今後も絶対にないという見方も適切ではない。現段階では、可能性を残しながらそれぞれの活動を続けている状態と考えるのが自然だ。
【プロの結論】ピンク・レディーが50年後も愛される本当の理由
ピンク・レディーの50年間を振り返ると、その魅力は単に懐かしいヒット曲を持つことだけではない。
1976年のデビュー当時、歌いながら激しい振り付けをこなすスタイルは、アイドルのパフォーマンスに新しい可能性をもたらした。「UFO」の独特なポーズ、「ペッパー警部」の印象的な振り付け、「サウスポー」の躍動感は、楽曲とダンスを一体化させた作品として記憶されている。
もう一つの理由は、2人が解散後もそれぞれのキャリアを築いてきたことだ。
未唯mieは音楽、舞台、ミュージカル、女優業などに取り組み、自分自身の表現を追求してきた。一方の増田惠子も、ソロ歌手としての楽曲発表やライブ活動を続け、人生経験を重ねた現在ならではの歌を届けている。
この2人の歩みは、グループ解散が必ずしも過去の活動の終わりを意味しないことを示している。
また、2026年の50周年記念企画で若いアーティストたちが「UFO」や「ペッパー警部」を歌い継いだことは、楽曲そのものに世代を超える力があることを証明した。
今後の動向を見極める際に注目したいのは、次の3点だ。
- 未唯mieと増田惠子の公式サイトで発表される2人名義のライブや出演情報。
- 周年記念番組や音楽特番での共同インタビュー、歌唱共演の有無。
- ソロ公演におけるピンク・レディー楽曲の扱いや、記念プロジェクトの継続状況。
過去のゴシップ記事だけで2人の現在の関係を判断するより、実際の公演や本人の発信、公式スケジュールを見ることが、正確な情報を得る近道となる。
ピンク・レディーの現在に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年現在、ピンク・レディーの2人は何歳ですか?
未唯mieは1958年3月9日生まれで68歳、増田惠子は1957年9月2日生まれで69歳です(2026年11月3日時点)。
Q2:ピンク・レディーは現在も解散していないのですか?
2010年9月1日に「解散やめ!」を宣言し、2011年には全国ツアーも開催しました。現在はソロ活動が中心ですが、ピンク・レディーの名前と楽曲を大切にした活動も続いています。
Q3:未唯mieと増田惠子は現在も不仲なのですか?
過去に疎遠だった時期や関係についての報道はありますが、現在も絶縁状態にあると断定できる公式情報はありません。2010年には2人で活動継続を宣言しています。
Q4:2026年のピンク・レディー50周年特番はいつ放送されましたか?
NHK BSとNHK BSプレミアム4Kで、2026年10月4日と11日の2週連続で放送されました。未唯mieと増田惠子のインタビュー、過去の映像、トリビュートコンサートの模様などが紹介されました。
Q5:増田惠子は結婚していますか?夫は誰ですか?
2002年6月に44歳で桑木知二さんと結婚しました。夫は2024年8月21日に膵臓がんのため70歳で亡くなっています。増田本人が同年10月に公表しました。
Q6:ピンク・レディーが再結成する予定はありますか?
2026年11月3日現在、2人名義の新たな本格的な再結成コンサートやツアーは発表されていません。ただし、2010年の「解散やめ!」宣言があり、今後の共演の可能性が完全になくなったわけではありません。
2026年のピンク・レディーは、デビュー50周年という記念すべき年を迎えた。未唯mieは68歳でデビュー50周年・ソロ45周年の記念公演を成功させ、増田惠子は69歳で新曲「貴方は彼方へ」を発表するなど、2人とも現役歌手として活動している。
1981年の解散から2010年の「解散やめ!」宣言まで、2人の関係と活動にはさまざまな変化があった。不仲説が取り上げられることもあるが、解散の背景には海外進出、過密な仕事、将来の方向性など複数の事情が存在していた。
2026年8月のトリビュート公演、10月のNHK「The Covers」50周年スペシャルは、ピンク・レディーの音楽が今も世代を超えて支持されていることを示した。
2人が再び同じステージに立つ日はまだ決まっていない。それでも、未唯mieと増田惠子がそれぞれの場所で歌い続けている限り、ピンク・レディーの音楽は終わらない。50周年は過去を懐かしむだけの節目ではなく、新しい世代へ名曲を受け継いでいく出発点にもなっている。