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【冨士眞奈美は2026年11月現在88歳】生年月日とプロフィールを紹介

渚 絵里 渚 絵里 • 更新: • 公開: • 読了約 15 分
目次

冨士眞奈美さんの生年月日は、1938年(昭和13年)1月15日です。2026年1月15日に88歳の誕生日を迎えました。

年齢は誕生日を基準に計算するため、2026年11月3日現在も88歳です。

冨士眞奈美の基本プロフィール
項目 内容
芸名 冨士眞奈美
読み方 ふじ・まなみ
生年月日 1938年1月15日
年齢 88歳(2026年11月現在)
出身 静岡県
出身校 静岡県立三島北高等学校
職業 女優・俳人・随筆家
俳号 衾去(きんきょ)
主な代表作 『細うで繁盛記』『パパと呼ばないで』『おくさまは18歳』
娘 岩崎リズ

生年月日は映画情報データベースのKINENOTEなどにも掲載されています。プロフィールによって出身地の表記には違いがありますが、三島との縁は本人のインタビューでも詳しく語られています。

生まれ育ったのは静岡県三島周辺

冨士さんは、伊豆半島の入り口に位置する静岡県の三島と沼津の間にあった清水村(現在の清水町)で生まれました。

6人きょうだいの三女として育ち、父親は新聞記者でした。

父親の影響もあり、幼い頃から本を読むことが好きだった冨士さん。お年玉や小遣いをもらうと、本を買っていたとテレビ朝日のインタビューで振り返っています。

また、野球や川遊びなど、外で体を動かすことも好きだったそうです。

実は、子どもの頃から女優を目指していたわけではありません。文章を書くことにも関心があり、記者を志した時期もありました。

芸名「冨士眞奈美」の由来

現在の芸名は、本名そのものではなく、出身地の三島にちなんで付けられたものです。

本人が週刊女性PRIMEのインタビューで明かしたところによると、NHKの芸能部長がデビューに際して名付けたといいます。

当初は「冨士」という芸名に抵抗があったそうですが、後年には左右対称の字形も含めて気に入るようになったと語っています。

芸名にも故郷とのつながりが残っている点は、冨士さんの人物像を知るうえで興味深いエピソードです。

【1956年に女優デビュー】NHK専属女優第1号までの経歴

冨士眞奈美年齢

冨士眞奈美さんの芸能人生が始まったのは、1956年です。

高校時代に経験した演劇との出会いが、思いがけずテレビ女優への道につながりました。

『アンネの日記』との出会いが転機に

高校3年生のとき、冨士さんは『アンネの日記』を読んで深く感動しました。

ちょうどその頃、劇団民藝が舞台『アンネの日記』の主演者を募集しており、姉が応募を勧めたといいます。

最終選考まで残ったものの、アンネ役には選ばれませんでした。

その後、劇団民藝での審査がきっかけとなり、NHKからテレビドラマのオーディションを受けないかという連絡が届きます。

そこで出演の機会をつかんだのが、1956年のNHKドラマ『この瞳』でした。

主演に抜てきされた冨士さんは、同作で女優デビューを果たします。

1957年にNHK専属女優第1号へ

デビュー翌年の1957年、冨士さんはNHK専属女優第1号となりました。

同時期には、馬渕晴子さん、小林千登勢さんとともにNHKのドラマ『輪唱』などに出演。

3人は「NHK三人娘」と呼ばれ、清純派女優として人気を集めました。

当時はテレビ放送が家庭に広がり、テレビドラマに出演する俳優の知名度も高まっていた時代です。

NHKの専属女優という立場は、若い冨士さんにとって大きなキャリアの出発点でした。

【冨士眞奈美の出演作品・経歴年表】代表作とキャリアの転換点

冨士眞奈美さんの経歴を理解するには、年代ごとの出演作品と活動の変化を確認すると分かりやすくなります。

若い頃の清純派女優から、個性的な脇役、そして俳人・随筆家へと活動の幅を広げてきました。

年代別の主な活動一覧
時期 出来事・作品 主な内容・実績 1938年 誕生 静岡県生まれ 1956年 『この瞳』 NHKドラマの主演で女優デビュー 1957年 NHK専属 NHK専属女優第1号。「NHK三人娘」としても人気に 1960年 『東は東』 音楽バラエティー番組の司会を担当 1970年 『細うで繁盛記』 小姑役で強烈な印象を残す 1970年代 『おくさまは18歳』『パパと呼ばないで』 コメディーなど多彩な役柄で活躍 1980年代以降 テレビ・映画への出演を再開 女優としての活動を継続 1990年 『翔ぶが如く』 NHK大河ドラマに出演 2008年 句集『瀧の裏』 俳人としての創作活動も展開 2014~2020年 『紙の月』『コウノドリ』『相棒season19』など 幅広いドラマに出演 2026年 『徹子の部屋』『武田鉄矢の昭和は輝いていた』 テレビ番組で近況や昭和の思い出を紹介

『細うで繁盛記』で演じた小姑役が大きな転機に

冨士さんの代表作として、特に知られているのが1970年の日本テレビ系ドラマ『細うで繁盛記』です。

この作品で演じたのは、主人公をいじめる意地悪な小姑役。

それまでの清純派というイメージを大きく変える、強烈なキャラクターでした。

テレビ朝日のインタビューでは、当時の役柄について、地元の静岡で使っていた伊豆弁を初めて演技に取り入れたことも振り返っています。

作品がヒットしたことで、意地悪な役柄のオファーが増えたとも語っています。

そのほかの代表的な出演作品

『おくさまは18歳』

1970年から1971年に放送されたドラマ。冨士さんは渋沢先生役で出演しました。

『パパと呼ばないで』

1972年から1973年にかけて放送された日本テレビ系ドラマです。冨士さんは治子役を演じました。

『翔ぶが如く』

1990年のNHK大河ドラマ。時代劇にも出演し、幅広い役柄を演じてきたことが分かります。

『紙の月』『コウノドリ』『相棒season19』

2010年代から2020年にかけても、NHKや民放のドラマに出演しています。長年にわたり、作品ごとに異なる役柄を担ってきました。

【娘は脚本家の岩崎リズ】結婚・家族と母娘の関係

冨士眞奈美さんには、娘が1人います。

娘の名前は岩崎リズさん。脚本家として活動している人物です。

娘・岩崎リズのプロフィール

岩崎リズさんは、冨士さんと脚本家の林秀彦さんとの間に生まれた娘です。

2025年7月28日放送のテレビ朝日系『徹子の部屋』には、母娘で出演しました。

日刊スポーツの報道によると、岩崎さんは脚本家として活動する一方、調剤薬局事務の資格を取得したことも番組内で紹介されています。

結婚を機に女優業を一時休止

冨士さんは脚本家の林秀彦さんとの結婚を機に、芸能活動を一時休止しました。

その後、離婚を経て女優業に復帰しています。

本人は週刊女性PRIMEの連載で、娘を育てるために仕事へ戻った当時の心境を振り返っています。

復帰後にはドラマ『エプロンおばさん』などに出演し、テレビでの活動を再開しました。

現在の母娘は同居している?

母娘の関係については、2024年の『婦人公論』の対談が参考になります。

2026年1月26日には、その母娘対談が再掲載されました。

記事では、冨士さんが70代半ばで自動車運転免許を自主返納したことや、娘の岩崎さんが母親の生活を気にかけている様子が紹介されています。

一方、母娘は同居せず、それぞれの生活を送っています。

この関係は、親子であっても適度な距離を保ちながら付き合うという、2人らしい生活スタイルを示しています。

【女優だけではない】俳人・冨士眞奈美の俳号「衾去」と文学活動

冨士眞奈美さんを語るうえで欠かせないのが、俳人としての顔です。

俳号は衾去(きんきょ)。

女優として活躍する一方で、長年にわたり俳句を作り続けてきました。

俳句を始めたのは20代半ば

週刊女性PRIMEのインタビューによると、冨士さんが俳句を始めたのは20代半ばの頃です。

俳人の中村汀女さんが主宰する「テレビ句会」への出演がきっかけでした。

その後、文化人が集まる句会にも参加するようになります。

和田誠さん、谷川俊太郎さん、小沢昭一さん、野坂昭如さんなど、さまざまな文化人と俳句を通じて交流しました。

冨士さんが特に魅力を感じたのは、句会では作者の肩書や年齢に関係なく、作品そのものが評価される点だったそうです。

俳号「衾去」と主な著書

俳人としての実績も豊富です。

代表的な著作には、次のようなものがあります。

- 『瀧の裏』:冨士さんの句集。
- 『ろくでなし』:小説作品。
- 『恋よ恋唄』:小説作品。
- 『身ひとつの今が倖せ』:俳句を通じた人生エッセイ。
- 『おんなふたり 奥の細道 迷い道』:吉行和子さんとの共著。

特に吉行和子さんとの共著では、2人の俳号や俳句観、句会の楽しさが紹介されています。

また、冨士さんは「俳壇賞」の選考委員を11年間務め、2018年までその役割を担いました。

女優としての知名度だけでなく、文学の世界でも長く活動してきたことが、冨士さんの大きな特徴です。

【2026年最新】冨士眞奈美の現在と最近のテレビ出演

88歳を迎えた2026年も、冨士眞奈美さんはテレビ番組やメディアを通じて紹介されています。

ここでは、日付が確認できる活動を整理します。

2026年1月26日『徹子の部屋』関連の母娘対談

2026年1月26日付の『婦人公論』では、冨士さんと娘の岩崎リズさんに関する記事が掲載されました。

同記事では、冨士さんが加賀まりこさんとともに『徹子の部屋』に登場したことも紹介されています。

また、母娘の関係や、70代半ばで運転免許を自主返納したエピソードなども取り上げられています。

2026年2月27日『武田鉄矢の昭和は輝いていた』

BSテレ東では、2026年2月27日に『武田鉄矢の昭和は輝いていた』が放送されました。

この回には、冨士眞奈美さんのほか、二葉百合子さん、コシノヒロコさん、湯川れい子さんが出演者として紹介されています。

番組では、戦中・戦後を生き抜いた女性たちの青春時代や、昭和の思い出が取り上げられました。

なお、番組公式情報では、前年に放送された出演者の中から4人を振り返る構成と説明されています。したがって、この放送を新規収録の出演と混同しないことが大切です。

88歳の現在も続く多彩な活動

冨士さんの活動は、テレビドラマだけに限られません。

これまでの経歴を見ると、次の3つの分野が活動の柱になっています。

- 女優としてのテレビ・映画出演
- 俳人としての創作や句会
- 随筆家としての執筆・対談

特に、俳句は20代から続けてきた長年の活動です。

年齢を重ねても、女優としての経験だけにとどまらず、文学や文化的な交流を続けてきたところに、冨士さんならではの魅力があります。

ただし、2026年11月時点で新たな連続ドラマ出演や定期的なレギュラー番組が発表されているという情報とは区別する必要があります。確認できる出演実績を中心に、現在の活動を捉えるのが適切です。

【冨士眞奈美の年齢と現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:冨士眞奈美さんは2026年現在何歳ですか?

A1:2026年11月3日現在、88歳です。1938年1月15日生まれで、2026年1月15日に88歳になりました。

Q2:冨士眞奈美さんの生年月日はいつですか?

A2:1938年1月15日です。昭和13年生まれで、出身は静岡県です。

Q3:冨士眞奈美さんはいつ女優デビューしましたか?

A3:1956年です。NHKテレビドラマ『この瞳』で主演に抜てきされ、女優デビューしました。翌1957年にはNHK専属女優第1号となりました。

Q4:冨士眞奈美さんの代表作は何ですか?

A4:代表作として知られるのは、1970年の『細うで繁盛記』です。そのほか、『おくさまは18歳』『パパと呼ばないで』『翔ぶが如く』などにも出演しています。

Q5:冨士眞奈美さんの娘は誰ですか?

A5:娘は脚本家の岩崎リズさんです。2025年には親子で『徹子の部屋』に出演し、2026年にも母娘の関係を紹介する対談記事が掲載されています。

Q6:冨士眞奈美さんの俳号は何ですか?

A6:俳号は「衾去(きんきょ)」です。20代半ばから俳句を始め、句集『瀧の裏』などを出版しています。

Q7:冨士眞奈美さんは2026年も芸能活動をしていますか?

A7:2026年には『徹子の部屋』への出演や、BSテレ東『武田鉄矢の昭和は輝いていた』での出演が確認できます。俳人・随筆家としての活動歴もあります。

冨士眞奈美さんは、1938年1月15日生まれの88歳(2026年11月現在)です。

1956年のNHKドラマ『この瞳』で主演デビューし、1957年にはNHK専属女優第1号となりました。

その後、『細うで繁盛記』の小姑役で強烈な印象を残し、『おくさまは18歳』『パパと呼ばないで』など多彩な作品に出演。結婚による一時休業を経て、女優として再び活動を続けてきました。

加えて、俳号「衾去」として俳句を作り続け、句集の出版や俳壇賞の選考委員も務めています。

2026年にはテレビ番組への出演や母娘対談も確認でき、長年の芸能活動を振り返る機会も続いています。

冨士眞奈美さんの魅力は、88歳という年齢だけでは語り尽くせません。

清純派女優から個性派俳優への転身、俳人としての長年の創作活動、そして随筆家としての表現力。複数の分野で自分らしい道を築いてきたことこそ、冨士さんの歩みを知るうえで注目したいポイントです。

これからも、女優として積み重ねてきた作品と、俳人として残してきた言葉の両方が、多くの人に親しまれていくことでしょう。

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渚 絵里

全国の観光地を7年取材。営業時間や料金は施設公式サイト、アクセスは交通事業者の時刻表で裏取りし、撮影日を明記して紹介します。

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