坂本さんの闘病を理解するうえで欠かせないのが、月刊誌『新潮』で連載された自伝「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」です。
連載は2022年7月号から2023年2月号まで全8回にわたって掲載されました。聞き手を務めたのは、坂本さんと旧知の編集者・鈴木正文さんです。2009年に刊行された自伝『音楽は自由にする』の続編にあたり、2009年以降の音楽活動や社会活動、病気との向き合い方、死生観などが本人の言葉で語られています。
第1回のタイトルは「ガンと生きる」。ステージ4という病状だけでなく、入院中の体験や手術後のせん妄、友人やパートナーとの関係、残された時間への思いなども取り上げられました。
「あと何回、満月を見るだろう」というタイトルの意味タイトルには、病気によって自分の残された時間を意識するようになった坂本さんの心境が表れています。
新潮社が掲載した本人のコメントには、次の言葉があります。
「最後の瞬間まで音楽を作れたらと願っています。」
坂本さんは、敬愛するバッハやドビュッシーのように、人生の最終段階まで音楽を作りたいという希望を語っていました。
病状を公表した後も、作品の制作や舞台芸術への参加を続けていたことは、この自伝の大きな特徴です。新潮社の紹介によると、アーティストの高谷史郎さんと共同制作したシアターピース『TIME』なども、闘病中の活動に含まれます。
2022年12月のピアノ演奏にも表れた創作への意志2022年12月11日には、約2年ぶりとなるピアノ・ソロコンサート「Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022」が世界に向けて配信されました。
この公演は、事前に収録した演奏を編集して配信する形式でした。坂本さんは、ステージ4のがんと闘う中で、ライブコンサートを最後までやりきる体力がないことを説明し、この形式で演奏を見てもらうのは最後になるかもしれないと語っています。
日刊スポーツによると、初回配信では世界約30の国と地域に向けて届けられ、同時視聴者数は3万人を超えました。
この時期の坂本さんにとって、音楽活動は単なる仕事ではありませんでした。身体の状態に合わせて演奏方法を変えながらも、音楽を通じて自身の表現を続けるための選択だったと考えられます。
自伝は死去後の2023年6月に書籍化連載終了後の2023年6月21日、同作は新潮社から単行本として刊行されました。坂本さんが亡くなった2023年3月28日から約3か月後のことです。
書籍には闘病生活だけでなく、音楽制作、環境問題や社会活動、人生観なども収録されています。加えて、盟友である鈴木正文さんが坂本さんの最期の日々について書き下ろした原稿も収められました。
そのため、この本は単なる病気の記録ではありません。坂本龍一という音楽家が、自分の人生と創作をどのように捉えていたのかを知ることができる、最晩年の重要な記録です。
【2023年3月28日】坂本龍一が71歳で死去、最期まで続けた音楽活動
坂本龍一さんは、2023年3月28日、71歳で亡くなりました。所属事務所などが正式に訃報を発表したのは、同年4月2日です。
所属事務所の株式会社キャブ、エイベックス・エンタテインメント、commmonsによる公式発表では、2020年6月に見つかったがんの治療を受けながらも、体調の良い日には自宅内のスタジオで創作活動を続けていたと説明されています。
公式発表の中で、特に印象的なのは、最期まで音楽とともにある日々だったと伝えられていることです。
「最期まで音楽と共にある日々でした。」
これは2023年4月2日に公表された所属事務所の報告に記された言葉です。長期にわたるがん治療の中でも、音楽家としての活動を手放さなかったことが伝わります。
死因について公式発表で明らかにされたこと坂本さんの死去について、公式発表は2023年3月28日に71歳で永眠したことと、2020年6月に見つかったがんの治療を受けていたことを伝えています。
一方、発表文には医学的な死因の詳細は記載されていません。そのため、直腸がんの進行、肺転移、肝臓転移など個々の病状を、公式に発表された死因と同一視することはできません。
確認できるのは、がんの治療を続けていたこと、そして2023年3月28日に亡くなったという事実です。
2026年現在、坂本龍一のがんはどうなっている?2026年11月現在、坂本さんはすでに逝去しているため、「現在もがんと闘っている」「現在のステージは何か」といった現在進行形の説明は当てはまりません。
現在確認できる情報は、2014年の中咽頭がん、2020年に発見された直腸がん、複数の臓器への転移、2022年のステージ4公表、そして2023年の死去までの記録です。
闘病の詳細については、本人の自伝『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』と所属事務所の公式発表が重要な資料となっています。
【噂と事実を検証】坂本龍一のがんについて間違われやすい5つのポイント
坂本さんの病歴は、2014年と2020年の2度のがん発症、複数箇所への転移、ステージ4の公表などが重なっているため、情報が混同されやすい部分があります。
1. 2014年の中咽頭がんが直腸に再発したのか?これは正確な理解ではありません。
2014年に発症したのは中咽頭がんで、本人は2021年1月の発表で6年を経て寛解したと説明しています。その後、新たに見つかったのが直腸がんです。
新潮社の紹介記事では「ガンの再発」という表現が使われていますが、2014年の中咽頭がんが直腸に転移したという説明ではありません。本人の発表に基づけば、別の部位に新たに発生したがんとして整理するのが適切です。
2. 肺がんや肝臓がんも発症していたのか?本人の闘病記録で説明されているのは、直腸がんが肝臓、リンパ節、肺へ転移したという経緯です。
したがって、肺や肝臓に転移した腫瘍を、それぞれ独立した原発性の肺がん、肝臓がんと説明するのは正確ではありません。
3. ステージ4を公表したのは2021年なのか?ステージ4であることを詳しく公表したのは2022年6月です。
2021年1月の発表では直腸がんの治療と手術を終えたことを伝えていましたが、ステージ4という病状を明らかにしたのは、翌年の『新潮』の連載でした。
4. 20時間の手術は一度だけだったのか?20時間に及んだ大手術は、直腸の原発巣と複数の転移巣を取り除くための手術です。しかし、闘病中に受けた手術はそれだけではありません。
新潮社の紹介では大小6つの手術を経験したとされ、2021年10月と12月には両肺に転移した腫瘍の摘出手術も受けています。
5. ステージ4になったら、必ずすぐに亡くなるのか?ステージ4という診断だけで、余命や死亡時期が一律に決まるわけではありません。
がんの種類、転移の範囲、身体の状態、治療への反応などによって経過は異なります。坂本さんの場合は、本人が自伝で治療をしなければ余命半年と告げられた経験を明かしていますが、その個別の経過を、ほかの患者にそのまま当てはめることはできません。
坂本さんの闘病記録を読む際にも、ステージという数字だけでなく、実際に受けた治療や本人が語った身体の変化を合わせて理解することが大切です。
【よくある質問】坂本龍一のがんに関するFAQ
Q1:坂本龍一は何のがんを患っていたのですか?
A1:2014年に中咽頭がん、2020年6月に直腸がんが見つかりました。直腸がんは肝臓、リンパ節、肺への転移が確認されています。
Q2:坂本龍一がステージ4を公表したのはいつですか?
A2:2022年6月7日発売の月刊誌『新潮』7月号です。自伝連載「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」の第1回「ガンと生きる」で明らかにしました。
Q3:坂本龍一は20時間のがん手術を受けたのですか?
A3:はい。直腸の原発巣と複数の転移巣を摘出するため、約20時間の手術を受けました。大腸を約30センチ切除したことも自伝に関連する書評で紹介されています。
Q4:坂本龍一はいつ亡くなったのですか?
A4:2023年3月28日です。71歳でした。所属事務所などが同年4月2日に正式発表しました。
Q5:坂本龍一の闘病生活を詳しく知るには、何を読めばよいですか?
A5:新潮社から刊行された自伝『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』がおすすめです。闘病の経緯だけでなく、20時間の手術、入院中の体験、音楽への思い、最晩年の人生観まで本人の言葉で記録されています。2023年6月21日発売です。
【プロの結論】坂本龍一のがん闘病が残したものとは
坂本龍一さんのがん闘病を振り返ると、最も重要なのは、病歴を単純な「がんの再発」という一言でまとめないことです。
2014年の中咽頭がんは寛解し、その後、2020年に新たな直腸がんが発見されました。肝臓、リンパ節、肺への転移が判明し、20時間に及ぶ手術を含む複数回の手術を経験。2022年にはステージ4を公表しました。
そして、2023年3月28日に71歳で亡くなるまで、坂本さんは創作活動を続けました。
この経緯から読み取れることは、大きく3つあります。
第一に、病気の発見日と公表日は区別する必要があること。直腸がんは2020年6月に見つかりましたが、本人が公表したのは2021年1月です。ステージ4の公表はさらに翌年の2022年6月でした。
第二に、闘病と創作活動は並行していたこと。手術や治療によって活動が制限される中でも、自宅スタジオでの制作や配信コンサート、舞台芸術への参加を続けていました。治療を受けることと、表現者として生きることを切り離していなかった点が、坂本さんの晩年を理解する重要な視点です。
第三に、本人の言葉が病歴を理解する最も重要な手掛かりになっていること。『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』には、医学的な経過だけでなく、手術の苦しさ、死への意識、音楽を作り続けたいという願いが残されています。
2026年現在、坂本龍一さんのがん闘病は過去の出来事です。しかし、本人が残した自伝や音楽作品は、今もその人生と創作の軌跡を伝えています。
「芸術は長く、人生は短し」。所属事務所の訃報に記されたこの一節は、坂本さんが最後まで音楽と向き合った人生を象徴する言葉として、今も深い意味を持っています。
主な参考資料:株式会社キャブ・エイベックス・エンタテインメント・commmonsによる2023年4月2日の公式訃報、2014年の所属事務所および札幌国際芸術祭の発表、2021年1月21日の本人コメント、新潮社「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」連載紹介・刊行資料、nippon.comの2023年7月7日付書評。